実践事例(物理分野)


 「物体がもつエネルギーを調べよう」(実験 高い位置にある小球がもっているエネルギーを調べよう)



(1)研究のねらい
 小単元「いろいろなエネルギー」の目標は,日常生活と関連したエネルギーの実験や体験を通して,高い所にある物体や運動している物体が他の物体に作用を及ぼすこと,また,物体の位置や速さ,質量などによってその作用の仕方が変わること,さらに,エネルギーは相互に移り変わることなどを理解させ,エネルギーについての初歩的な見方や考え方を養うことである。
 しかし,日常生活と関連したエネルギーの実験といっても,定量的に課題を追究していくには結果があいまい過ぎたり,面白みに欠けたりするものが多く,これまでの授業では,生徒の興味・関心を高めるため,振り子やジェットコースターのモデルを用いて代用してきたが,「エネルギー」という抽象度の高い概念を把握させるには十分とは言えなかった。
 そこで,エネルギーの初歩的概念である「物体のもつ仕事をする能力」が明確にとらえられる実験を定量的に行うこと,また,その実験を通して各種エネルギーの形態やその形態の相互変換,力学的エネルギーの保存といったエネルギーの基本的概念について,問題解決の楽しさを感じさせながら習得させることを目標に,研究を試みた。


(2)研究の実際
ア 観察,実験の問題点
 教科書に掲載されている実験は,質量の違う小球をいろいろな高さから転がして,衝突させた木片の移動距離を測定するというものである。(図1)
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 この実験は,木片をはじき飛ばす様子がダイナミックであるので,生徒の興味・関心を高めるには効果的である。また,小球の高さや質量に応じて木片の移動距離が変化するので,位置エネルギーが変化することが確認できる。
 しかし,小球のもつ位置エネルギーをすべて木片に与えることは不可能である。位置エネルギーが失われる原因としては,以下のようなものが考えられる。
・小球とレールとの摩擦
・小球が木片と衝突したときの小球のはね返りこのような理由から,小球の高さや質量と木片の移動距離との関係をグラフ化しても,比例関係を導き出せるような結果が得られない場合が多い。
 生徒が見通しをもって実験に取り組んでも,きまりを見いだせるような実験結果が得られなければ,生徒は「なるほど,そうか」という納得は得られず,理解を深めることはできない。また,新たな発見のよりどころとなる科学的な根拠が得られなければ,生徒たちの探究心も高まっていかない。「エネルギー」という概念が極めて抽象的であるからこそ,科学的な根拠となる,定量化された結果が必要となるのである。
 このような考えから,実験の改善と教材教具の開発に取り組んだ。
イ 観察,実験の改善のポイント,開発した教材教具
 位置エネルギーの測定実験を,グラフ化に値する結果が得られるように改善,開発することにした。この実験を定量的な実験にするための最大のポイントは,小球のもつエネルギーを可能な限り,直接摩擦力のする仕事として測定することである。そのため,一定の摩擦力を直接小球に与えることのできる装置を工夫した。
 落下途中での摩擦力によるエネルギーのロスを考え,初めは鉛直落下による実験を試みた。満足のいく結果を得ることができたが,「実験の迫力がなくなってしまうこと」,「課題追究のための試行錯誤の要素を奪ってしまうこと」などの理由から,従来のレールを用いた衝突実験を工夫してみることにした。
<力学的エネルギー実験器(図2)の製作>
@ 金属製のレールを木板に取り付ける。(使用したレールは,バリアフリー住宅の敷居に使われるもので,ホームセンターなどで市販されているものである。)
A アクリルパイプ(内径17mm)をレール上に置き,ねじとナットで木板に取り付ける。パイプとナットの間には,厚みのあるワッシャーを挟んで固定する。(高さ調節の役割もする。)
B 10mL用のディスポーザブル注射器をアクリルパイプの中にはめ込む。注射器の先端は大きく穴を開けておく。また,衝突部分にはマグネットシートを張り付けておく。
C レールに穴を開け,金属球を転がす高さ(20cm,40cm,60cm)から糸を垂らしておくと,いつも同じ位置から実験を行うことができる。
D 金属球の大きさに応じて注射器の高さを調節する。また,実験前にはレールにワックスを塗り,表面を滑らかにしておく。
E 質量のちがう3種類の金属球をいろいろな高さから転がし,注射器のピストンが押し込まれた距離を測定する。
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 金属球を衝突させる物体としてディスポーザブル注射器を用いたのは,押し込むための力がほぼ一定であり床面との摩擦もないため,与えられたエネルギーを正確に数値化することに適しているからである(写真1)。
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 また,衝突時のエネルギーのロスを軽減するため,アクリルパイプの取付けにはボルトやナットを使い,机と実験器はクランプで締め付けて衝突部位を完全に固定した。金属球が直接衝突する注射器の末端部分にはマグネットシートを張り,金属球がレールから外れることによるエネルギーのロスを軽減した。
ウ 実証授業の流れと結果及び考察
(ア) 力学的エネルギー実験器を用いた実証授業の流れ
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(イ) 結果及び考察
 予想の段階で,生徒たちはエネルギーを大きくする条件として「高さ」,「質量」,「角度」,「距離」などを挙げた。「角度」については,ほとんどの生徒が「角度が大きくなればエネルギーも大きくなる」と考えていた。これは,前単元で「角度を大きくすると加速度が増す」という学習の上に立った予想ではないかと思われる。
 実験に入ると,生徒たちは小球が勢いよく衝突する様子に声を上げ,条件を変えるたびに,「やっぱりそうだ」,「次は僕が転がしたい」などと言いながら意欲的かつ主体的に探究活動に取り組んでいた(写真2)。
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 生徒たちの活動の様子から,この実験装置が目的意識をもった取組に適しており,興味や関心を高めるのにも効果的であったことが分かる。また,角度を変えて小球を転がす実験では,レールの角度を大きくしても結果が変わらなかったことに対して,「なぜ」,「どうして」,「もう1回やってみて」などと首をかしげていた。生徒たちがもっていた誤概念が,課題解決的な学習の過程を通して修正されていったことから,この教材が生徒たちの多様な考えに十分対応でき,正しい概念を構築していくのに適していたことが分かる。
 この実験の有効性を高めることができたのは,「力学的エネルギー実験器」が,定性的な要素に加えて,より定量的な教材になったからであると考える。位置エネルギーの大きさと様様な条件との相関に気付くのは,やはり数値化されたデータである。この裏付けがあったからこそ,生徒たちはこれまで考えていたことの誤りに気付き,「位置エネルギーの大きさは質量と高さに比例する」という確かな理解を得ることができたのではないかと考える。
 今回の実験では,どのグループも図3のような比例関係を明確に導き出せるグラフを作成することができた。
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(3)実証授業の成果と課題
 今回の研究では,位置エネルギーに関する実験を,より定量的な実験にするために教材教具の改善,開発を行った。生徒たちが主体的に探究活動に取り組めたこと,すべてのグループが実験結果をグラフ化できたこと,確かな科学的根拠を基に問題を解決できたことなどから,開発した教材教具の有効性を実証することができた。
 実証授業から,探究心を高め,理解を深めるための物理領域における観察,実験は,次の
ような条件を備えておく必要があることが分かった。
○ グラフ化して明確なきまりが見いだされるような,定量的に処理できる結果が出るもの
○ 生徒の誤った認識や理解に対応でき,それを修正できるもの
○ 生徒が納得するまで取り組めるような,何度も繰り返し実験できるもの
 このような観察,実験を可能にするためには,観察,実験がうまくいかない原因を探り,その原因を一つ一つ取り除く工夫をする必要がある。また,生徒の考えを生かすために,事象に対して生徒はどんな誤った認識や理解をしているのかなど,生徒の実態をしっかり把握しておく必要もある。
 今後,各種エネルギーの形態やそれらの相互変換,エネルギーの保存について,同一の教材教具で理解させられるように,改善を加えていきたい。


              (鹿屋市立大姶良中学校  平原 金智)