実践事例(化学分野)「化学変化と電気エネルギーとの関係を調べよう」


 実験 身近な物質で電池をつくり,電気をとり出してみよう



(1) 研究のねらい
 電池の学習は,化学変化によって電気エネルギーが取り出せることを見いださせるために行う。これまで電池に関する実験は,2種類の金属と希硫酸を使ったボルタ電池を扱うことが多かった。ボルタ電池は,実験方法が簡単で化学変化の様子が目に見えるため,電池のしくみを理解させるには適していた。しかし,化学変化の様子が目に見えることで,生徒は簡単に「化学変化で電気が取り出せる」という結論にたどり着き,探究的な学習を展開することが難しかった。また,ビーカーに入った希硫酸に2種類の金属を入れるというボルタ電池では,日常生活で使っている乾電池と結び付けさせることが難しく,「手に入りにくい特殊な薬品を使ったから電気が取り出せたんだ」と考える生徒もいた。
 このようなボルタ電池の問題点を解決するために,教科書では備長炭電池を教材として扱っている(写真1)。
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 備長炭電池は,日常生活で身近な備長炭,食塩水,ペーパータオル,アルミニウムはくで電気を取り出せ,化学変化の様子を直接見ることができないため,生徒にとって意外性があり,「どうしてだろう,何が起こっているのだろう」という探究心を高めることができる。また,構造が乾電池と似ているため,関連付けて考えさせることも容易である。
 しかし写真1のようにアルミニウムはくと備長炭を使って電池を作った場合,起電力が弱く,接続した豆電球が点灯しなかったり,モーターが回らなかったりするなど,期待どおりの結果が得られない場合が多い。
 そこで,この実験の問題点を明らかにした上で,よりよい結果が得られるための具体的な方策を探ることにした。さらに,備長炭電池を使って,生徒が試行錯誤しながら問題解決を図っていくような授業構成の在り方について研究することにした。


(2) 研究の実際
ア 観察,実験の問題点
 一般的な方法で備長炭電池を作り実験を行うと,「モーターが回らない,回転が遅い」,「電子オルゴールの音が小さい」,「豆電球が点灯しない」,「アルミニウムはくの変化がはっきり見られない」といった問題が生じ,期待どおりの結果が得られないことが多い。また,実験に使う材料や分量,実験に関する留意点など,細かいノウハウに関する情報も不足している。教師が,意図的な結果を得る方法を知っていれば,生徒の満足感を得たり,探究心を高めたりできるような授業設計の工夫ができるのではないかと考える。
 このような考えから,期待どおりの実験結果が得られるような観察,実験の方法を研究する必要があると考え,観察,実験の改善と教材の開発に取り組んだ。


イ 観察,実験の改善のポイント,新たに開発した教材教具
 実験に使う材料や分量など条件をいろいろと変え,期待する結果が得られる条件を探った。変えた条件は,以下のとおりである。
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 実験の結果,次のようなことが明らかになった。
○ 備長炭の形状は,紙やアルミニウムはくを密着させやすい丸い形状のものがよい。
○ 食塩水の濃度はそれほど気を遣わなくてもよいが,20%程度のものがよいデータを得られる。
○ 食塩水をしみ込ませたろ紙は,3枚程度使った方がよい。また,ろ紙の代わりにペーパータオルを使うと破けにくく,備長炭に密着しやすい。いずれにしても,備長炭,ろ紙やペーパータオル,アルミニウムはくがしっかりと付くようにすることがポイントである。途中で,ろ紙やペーパータオルに食塩水や過酸化水素水を注ぐと,電圧が上がる。
○ アルミニウムはくの大きさの違いでは,電圧の大きさはあまり変わらない。アルミニウムはくは,15〜20分程度電流を流し続けた後,光にすかして見ると,小さな穴が空いているのが観察でき,反応したことが分かる。更に電流を流し続けると,アルミニウムはくはぼろぼろになる。
○ 豆電球は1.2V〜1.5V程度ないと,まったく点灯しない。3種類の豆電球の中では,消費電力の小さい1.5V-0.3Aのものが点灯しやすかった。電池の内部抵抗が大きく,極めて弱い電流しか流れないときは,電子オルゴールを使うと有効である。太陽電池用モーターや電子オルゴールは,0.7V程度の電圧が得られればはっきりと作動する。
いずれにしても,電池によって生じる電圧や流れる電流,負荷の特性など,様々な要因によって結果が変わるので,予備実験は不可欠である。
○ アルミニウムはくの代わりに,紙やすりで磨いた90p以上のマグネシウムリボンを,重ならないようにろ紙やペーパータオルに巻き付け,しっかり接触させると電圧が上がり,太陽電池用モーター,電子オルゴールはもちろん,豆電球も規格を問わず点灯する。
電流を流し続けると,マグネシウムリボンは黒く変色して化学変化が起こったことが分かる。ただし,マグネシウムリボンは日常生活では手に入らない物であるため,生徒には事前に説明しておく必要がある。
 今回の研究では,起電力の高い備長炭電池をつくるため,材料や分量などの様々な条件を変えた。「変えられる条件が多く,工夫をすれば起電力を上げることができる」ということから,本教材は生徒にとっても研究しやすく,試行錯誤しながら課題に取り組むことができる,探究的な学習に適したものであると言える。
 このようなことから,本教材では備長炭電池から多くの電気エネルギーを取り出そうとする探究活動を通して,自然の調べ方を身に付け,問題を解決する能力や態度の育成を目指す授業を行うことが有効であると考え,以下のような授業を設計した。
ウ 実証授業の流れと結果及び考察
(ア) 備長炭電池を用いた実証授業の流れ
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(イ) 結果及び考察
 第1次の学習の中で,生徒に「身近な物で電池が作れないか」と問い掛けたところ,炭素棒や備長炭の代わりとして「鉛筆の芯」,亜鉛缶の代わりとして「鉄」,「アルミ」,「亜鉛」などの金属を挙げた。また,電解質水溶液の代わりとして「しょう油」,「酢」などを挙げた。このことから,乾電池の分解と備長炭電池の製作を組み合わせたことで,その類似性から電池を構成する要素に気付き,電池の仕組みを理解させることができたと考える。また,生徒は太陽電池用モーターの回り方や電子オルゴールの鳴り方,豆電球のつき方に不満をもち,第2次の学習への意欲も高めることができた。
 第2次の学習において生徒たちは,電気エネルギーを大きくする条件として「食塩水の濃度」,「食塩水の温度」,「アルミニウムはくの枚数」,「ろ紙の枚数」などを主なものとして挙げた。実験に入ると,生徒たちはモーターが回ったり,オルゴールが鳴ったりすることに喜び,「電池の性能をもっと上げたい」と言いながら,意欲的に活動に取り組んでいた。また,班のメンバーと意見を出し合いながら,少しずつ実験方法や材料を改善していく姿が見られた。
 この教材は,化学変化によって電気エネルギーが取り出せることを見いださせるだけでなく,「どうしたらより大きな電気エネルギーを取り出すことができるか」という課題を設定することで,生徒の興味・関心を高め,生徒たちの多様な考えに基づいて探究させ,科学的思考力を高めることのできる教材として適している。


(3) 実証授業の成果と課題
 今回の研究では,備長炭電池の実験が「化学変化によって,電気エネルギーが取り出せる」ことの確認実験だけに終わらないよう,発電量を高めるための要因を明らかにし,それを基に問題解決的な学習を構成した。研究の成果として,次のようなものが挙げられる。
○ 備長炭電池の実験について,細かいノウハウや留意点を明確にすることができ,豆電球を確実に点灯させる方法を見付けることができた。
○ 教材の特性を生かした授業の流れを工夫することで,生徒は目的意識をもって主体的に探究活動に取り組むことができた。
○ 備長炭電池について細かいデータをもっていたので,行き詰まっている生徒に「0.7V以上の電圧が得られるとモーターを回したり,オルゴールを鳴らしたりできるよ」,「豆電球を点灯させるのが一番難しいん だよ」といった具体的な助言を与えることができた。
 また,条件制御の難しい実験であることが明確になっていたので,実験の企画の段階や机間指導で,特に注意すべきことを的確に指導することができた。
化学実験は,適切な条件制御を行わないと,何度同じ実験をやっても期待するような結果が出なかったり,教師が予想もしなかった結果が出たりして授業の展開に支障をきたしてしまう場合がある。意図しない結果が出ない要因は何であり,うまくいくポイントは何なのかということについて,教師がしっかり把握しておくことが最も大切なことである。このことによって,実験材料の選択や分量などの決定が適切にできるとともに,生徒への適切な指導援助が可能になる。
 ボルタ電池では,電解質水溶液と金属板との接触面積や金属板同士の距離の違い,電解質溶液の濃度の違いで,負荷の端子電圧が違ってくる。今回の備長炭電池では,このような明確な違いは認められなかった。まだ気付いていない要因が潜んでいるのではないかと思われる。今後,更に研究を深めていきたい。


              (鹿児島市立緑丘中学校  熊迫 弘恵)