実践事例(生物分野)


 「生物はどのようにして大きくなるのか」(観察 細胞の分裂を観察してみよう)



(1) 研究のねらい
 『中学校学習指導要領解説−理科編−』には,「体細胞分裂については,分裂に際し核の中にそれまで見えなかった染色体が見えるようになり,これがそれぞれ2分して両方の細胞に入り,同じ二つの細胞ができることを,観察を通して理解させる」と記載されている。しかし,これまでは体細胞分裂の観察がうまくいかなかったり,観察に時間がかかったりするため,市販のプレパラートを観察させたり,教科書の写真等を利用して授業を進めたりする場合が多かった。また,実際に観察させたとしても,染色体を見付けることができなかったり,染色の不十分さなどからはっきりとした染色体を観察できなかったりすることもあった。そこで,これらの課題を解決するため,次の点に留意して研究を進めることにした。
 観察を通して体細胞分裂の過程を生徒に理解させるためには,体細胞分裂の過程にある多くの細胞を見付けさせることが必要である。そのために,染色体の数が多くなく観察しやすい植物を用い,いつ(時間帯),どの部分をどれくらい採取すればよいか検討する必要がある。また,染色液の種類によって見え方の違いがあることから,最も見やすい染色液を見いだすことも必要である。さらに,細胞の固定,解離,染色などのプレパラートづくりを,短時間で行えるようにする工夫も必要である。
 そこで,従来行われている観察方法の問題点を明らかにした上で,観察の時間帯や採取する部分の長さによる比較,染色液の違いによる見え方の比較などを行い,生徒が一単位時間の中で観察と結果の考察までできるように観察方法を改善する。このことで,生徒が体細胞分裂の巧みな仕組みに感動しながら理解を深め,生命の精妙さを感じることを目標に研究に取り組んだ。


(2) 研究の実際
ア 観察,実験の問題点
 動植物細胞の観察を終えた後,1個の細胞が2個に分かれることを学習することは,生徒にとって大変関心のある内容である。特に,細胞が分裂する際に核の中から染色体が現れる現象は,生徒の探究心を引き出すのに最適の題材である。また,細胞分裂における染色体の役割を理解させるためには,染色体の並びや移動の様子を実際に観察させることが大切である。
 ところが,その染色体の観察がうまくいかないことで,生徒の学習意欲を引き出せていない現状がある。この観察の問題点は,具体的には次のようなものである。
 タマネギの発根がよくない。
 プレパラートがうまく作れない。
 プレパラート作成に時間がかかりすぎて,単位時間内に観察が終わらない。
 分裂している細胞や染色体を見付けられない。はっきり見えない。
イ 観察,実験のポイント,新たに開発した教材教具
 上述したような問題点を解決するために,どのような工夫が必要かを述べる。
(ア) 観察材料の発根方法
 スーパーで買ってきたタマネギは発根抑制剤が塗られてあるので,そのままでは発根しない。発根させるには,球根の下を2o程度カッターで切り落とし,水に浸しておく。条件がよければ(気温23℃前後)1〜2日でも5o以上に発根する。長く伸びても細胞分裂は観察できるが,外側の組織がやや固くなり,プレパラートが作りにくくなる場合がある。発根し始めてから3〜4日後の根が,観察に最も適している(写真1)。
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 大量の根が必要な場合は,タマネギやネギの種子を用いるとよい。十分に水を含ませた脱脂綿を敷いたペトリ皿内に,種子をまいておくと発根する。しかし,これらの種子が店頭に並ぶのは9月以降であるので,前年度にあらかじめ購入し,冷蔵庫に保存する必要がある。
(イ) 観察部分(根の先端)の採取方法
 根の先端部分の2〜3o程度を採取するとよい(写真2)。教科書では5oと記載されているが,あまり長いと成熟した細胞が多く見られ,細胞分裂中の細胞を見付けにくくなる。これよりも短すぎると塩酸処理の後に崩れやすくなり,観察がうまくできない。
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(ウ) 細胞の固定,解離(塩酸処理)の方法
 教科書の方法では,ガスバーナーでビーカーを温めながら塩酸処理を行うことになっているが,これが操作を煩雑にしている原因の一つである。そこで,写真3のように大型ペトリ皿を使うことにした。
 大型ペトリ皿にうすい塩酸(2〜3%)の入った100mLビーカーを入れる。その後,採取した根の先端をビーカー内の塩酸に浸す。ポットなどで沸かした熱湯を大型ペトリ皿に注ぎ,60℃程度に保ちながら5分間,塩酸処理を行う。教科書には1分間と書かれているが,温度が下がることを考えると少し長目にした方が解離しやすい。
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(エ) 細胞の固定,解離,染色を同時に行う方法(塩酸サフラニン処理)
 塩酸サフラニン処理は,固定・解離・染色を一度に行うことができる。写真4のように,塩酸サフラニン液をビーカーに入れ,その中に採取した根の先端部分を入れ,63℃程度で5分間処理する。処理温度は上述した(ウ)の方法に比べ,高めに設定する方が解離・染色がよくなされる。
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 上述の(ウ)と比較して,染色が同時に行える点において,操作時間が短い。生徒にとってはすぐに観察できるので効率がよい。また,塩酸サフラニン液の作り方は以下のとおりである。
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(オ) 染色方法
 塩酸処理(固定・解離)の後,染色液で染色を行う。染色液は,教科書に記述されている酢酸カーミン溶液,酢酸オルセイン溶液と,教科書には示されていないシッフ試薬の3種類を使用した。
 根をスライドガラスの上に置き,つまようじで軽くほぐす。このようにほぐすことによって,全体が均一に染色されるようになる。その後,染色液を1〜2滴浸し,そのままの状態で5分間染色を行う。
 その後,カバーガラスをかけ,ろ紙ではみ出た染色液を吸い取った後,ろ紙をカバーガラスの上にかけ,親指で10秒程度強く押す。このとき,押しが弱いと細胞同士が重なって見にくくなる。全体的に広がるよう,垂直にしっかりと押すことが大切である。
a 酢酸オルセイン溶液,酢酸カーミン溶液
 酢酸オルセイン溶液と酢酸カーミン溶液は,教科書で扱われる最も一般的な染色液である。溶液の色は,薄い色で核の部分を中心に細胞全体が染まる。酢酸オルセイン溶液の方が,染色が鮮明である。観察方法のポイントは,染色部分にムラが出ないようにすること,できるだけ新しい溶液を使うことである。
b シッフ試薬
 シッフ試薬は中学校の教科書には掲載されていないが,高等学校などで生物実験に使われる試薬である。この試薬は,右写真のようにDNAに反応すると紫色に染まる。特に,この試薬の利点は,染色が全体に広がり,根の先端が染色されていく様子が直接目で確認できるところである。また,DNA以外は反応を起こさないために染色体のみが染色され,非常に鮮明な像が見られる(写真5)。
 50gで3,000円程度,冷蔵庫で保管する。
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c 塩酸サフラニン液
 塩酸サフラニン液で固定・解離・染色を行った後,直接スライドガラスの上に載せ,そのままカバーガラスを掛け,指で押しつぶした後,観察を行う。他の染色液に比べて操作手順が少なく,短時間でプレパラートが作ることができ,像も鮮明である。
ウ 実証授業の流れと結果及び考察
(ア) シッフ試薬を用いた細胞分裂観察の実証授業の流れ
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(イ) 結果及び考察
 ソラマメの根のどの部分が伸びているか予想させると,結果はまちまちであった。そこで,根の先端部分が最も伸びることを提示した。その後,根の先端部分はどのようにして伸びていくのかを問うた。「根の先端で細胞が大きくなるのではないか」と,「根の先端部分で細胞が生まれている」という二つの意見に分かれた。そこで,本時の学習課題を生徒と確認し,タマネギの根の先端部分を観察することにした。
 前述の方法で塩酸処理を行った後(写真6),根をスライドガラスに載せ,「シッフ試薬」を使って染色させた。約5分程度で,先端部分から紫色に染まってきた。酢酸カーミン溶液や酢酸オルセイン溶液では,染色の進展状況を判断することに苦労したが,「シッフ試薬」を使えば染色の状況を判断し,カバーガラスを掛けられるので確実に染色を行うことができた。
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 ろ紙をカバーガラスの上に載せ,親指で強く10秒間押してプレパラートを作る作業は,細胞同士の重なりをなくすために重要である。しかし,生徒はカバーガラスが割れることを恐れ,押さえ方が弱くなったり,斜めに押して細胞を壊してしまったりする場合が多い。そこで,生徒の実験台の中央で,教師が実際にこの作業を行いながら注意事項を説明した。このことによって,ほとんどの生徒が失敗することなくプレパラートを作ることができた。
 顕微鏡観察はペアで行った。100倍程度の倍率で全体を観察し,細胞分裂を行っている部分を400倍の倍率で観察するように指導した。しかし,絞りの調節が不十分で視野が暗かったり,細胞分裂をしていない他の部分を観察したりしている生徒も見られた。そこで,顕微鏡用ビデオカメラを使い,細胞分裂の途中の細胞を見せながら観察を続けさせた。このことによって,多くの生徒が分裂中の細胞を見付け出すことができた。
 高倍率での観察は生徒にとっては難しいので,絞りの使い方を事前に指導する必要がある。光源装置やメカニカルステージの活用が有効ではないかと考える。
 生徒のスケッチと授業後の感想を,次に示す。
a 生徒のスケッチ
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b 主な授業後の感想
・ 分かれている途中のものもあり,気持ち悪かったけどおもしろかった。
・ いろいろな形の細胞が見えた。
・ 楽しかったけど難しい実験だった。もっとカバーガラスを押さえなければいけなかった。
・ 分裂中の細胞が見えてよかった。
・ 顕微鏡で見るのが楽しかった。他の人たちから見せてもらったらとてもきれいだった。
・ とても不思議だった。本当に糸みたいだった。
・ 染色体を見るのに結構苦労したけど,楽しくできてよかった。
(3) 実証授業の成果と課題
 観察のねらいは,生徒一人一人が顕微鏡で細胞分裂を観察することを通して,細胞分裂の順序を理解することである。しかし,本時は染色体の存在を確認し,細胞分裂には様々な段階があることを発見させることに視点を絞って観察させた。高倍率での観察であるため,じっくり取り組ませる必要があると判断したからである。細胞分裂の順序については,次時で扱った。このことで,生徒は目的意識をもって観察に取り組むことができた。また,じっくりと顕微鏡観察を行うことで,最後まであきらめず自分の顕微鏡で観察しようと努力し,分裂中の細胞を見付けたときの達成感や生物の神秘的な営みに感動していたようである。
 さらに,シッフ試薬を用いたことで鮮明な像を観察することができ,分裂中の細胞を見付けやすくなり,スケッチもしやすかったようである。このことから,染色液の選定が重要であることが分かった。
 この観察では,同じタマネギから取った根であっても個体差が大きく,細胞分裂中の像を見付けやすいものと見付けにくいものが出てくる。また,高倍率での観察であるので,ピントを合わせられない生徒も出てくる。このような場合に対処するために,顕微鏡ビデオカメラを用いて,目的とする像を示すことが有効であることも分かった。
 この観察を通して,細胞分裂の順序まで考察させるためには,プレパラートを作る作業を更に簡便化し,短時間で行わせる必要がある。そのためには,固定・解離・染色を一度に行える塩酸サフラニン液を使うのが有効ではないかと考える。また,生徒が見付けた細胞分裂の各段階の細胞をデジタルカメラで撮影し,その像を使って細胞分裂の順序を考察させると,生徒の理解はより深まると思われる。さらに,ネギやニンニクの根の観察や動物の体細胞分裂の指導を工夫して,細胞分裂の順序の共通性を認識させることも必要である。
 生物分野の観察,実験は,季節や時間,扱う素材などに左右される場合が多い。観察,実験の成否を左右する要因を知り,よりよい条件で観察,実験が行えるように工夫することが大切である。


              (串木野市立羽島中学校  有馬 賢一)
              (共同研究者:田代町立大原中学校  永山  貢)