1 研究に取り組んだ観察,実験(7 自然と人間)


  第2分野下「自然界のつり合いはどう保たれているか」(実習及び観察 ミニビオトープをつくろう)



2 観察,実験のねらい
 大単元「自然と人間」は,「食物連鎖による生物界のつながりを理解させ,自然界では生物の量的にバランスが保たれていることに気付かせること」,「人間の生活と自然とのかかわりについて環境保全の立場から理解を深めること」をねらいとしている。
 その中で,自然の生態系を模した空間であるビオトープを生徒たち自らの手で製作させ,その環境の中でどのように生態系が維持され,そこに適応した生物たちがどのように生活しているのかを継続的に観察させていく必要があると考えた。このような観察の過程を通して,生徒たちに自然のすばらしさやその仕組みの精妙さを感じさせること,自然界における生物のつり合いや自然環境の変化の様子を理解させることを目的に,研究を試みた。


3 観察,実験の実際
 地球環境の保全に主体的に取り組む態度を育てるために,自然のしくみを理解させ,自然とのかかわり方を考えさせるこの単元の果たすべき役割は大きい。しかし,これまでの授業では図や映像,モデルなどを用いて仕組みを理解させたり,考察させたりする展開方法が一般的で,直接体験を踏まえた理解を基に,自然環境を保全していくことの必要性や重要性を実感させるには十分とは言えない状況であった。


4 観察,実験の問題点
 教科書等では,自然界における生物のつり合いが保たれていることを理解させるために,生物の量を表したピラミッド形のモデルを用いて,意図的にくずしたバランスが元のバランスに戻っていく過程を考察させている。生徒たちはこれまでに獲得した知識を用いながら,自然界における様々な変化に応じて,生物量がどう変化するかということを演繹的に思考することになり,科学的な見方や考え方を育成していく上で重要な学習である。
しかし,このような学習過程では,観察,実験等の直接体験を伴わないこと,教科書等に示された事例は実際には極めて長期間に渡る変化であることなどから,理解させることはできたとしても,生徒たちに自然のすばらしさや精妙さを感じ取らせることは難しい。できるだけ身近に感じられる自然でなければ,生徒たちの感性を揺り動かすことはできないのである。
 このような考えから,生徒たちが直接触れ合うことができる身近な自然を再現し,生物の数量的なバランスが保たれる様子を自分の目で観察できる教材教具の開発に取り組んだ。


5 観察,実験改善のポイント,開発した教材教具


(1) 観察,実験改善のポイント
 必修理科の授業において,実際の生物を用いて自然界のバランスの変容を観察させるためには,ごく短期間で殖えやすい生物を対象にする必要がある。しかも,食物連鎖が単純でその生物の量的な変化が一目で分かることも大切である。そこで,観察の対象となる生物に「ミジンコ」(写真1)を用い,ミジンコを生態系の頂点とする「ミニビオトープ」を開発することにした。
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 ミジンコは通常2mm程度の節足動物で,肉眼でもよく見えるので観察しやすい生物である。また,環境条件が良いと単為生殖を行うので短期間で大量に殖える。さらに,動物プランクトンや植物プランクトンなど水中の微生物を捕食するので,食物連鎖の仕組みについても考えやすい生物である。数日雨が続いた後の天気の良い日に水田や池などに行けば採取できるが,県総合教育センターや近くの学校などで飼育しているものを分けてもらうことを勧める。
(2) 新たに開発した教材教具<ミニビオトープ(図1)の製作>
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@ 水槽にするプラスチック製の容器(容積1L〜2L程度)の底に水田で採取した土を敷き,くみ置きの水か蒸留水で浸す(水田の土には休眠している微生物や休眠卵が多く含まれている)。
A 鶏糞(けいふん)を少量混ぜた腐葉土を水田の土の上に敷く(微生物や微生物の餌となる細菌類の栄養源として欠かせない)。
B さらに,水田から採取した稲わらをまばらに敷く(休眠している微生物や休眠卵が含まれており,微生物の栄養源としても有効である)。
C 最後に玉砂利を敷く(微生物等のすみかになるとともに,稲わらが浮かないようにする働きもする)。
D くみ置きの水か蒸留水を容器の8分目程度入れる。
E 4日間ほど直射日光の当たる明るい場所に置き,さらに3日間ほど日陰に置いて微生物の発生状態を見る。
F 約一週間後,ミジンコを数個体入れる。
 写真2がミジンコを入れる前のミニビオトープである。ハネケイソウなどの珪藻類やボルボックスやミカヅキモなどの緑藻類,ゾウリムシやツリガネムシなどの繊毛虫,ワムシの仲間など多種多様な微生物が発生し,バクテリア等も多く繁殖している様子が分かる。ビオトープ内で発生する微生物は水田の土や稲わらに含まれているものなので,一概に何が発生するとはいえないが,ミジンコが捕食する微生物は確実に発生する。また,稲わらなどが腐食したり,水面に腐食作用による膜が張ったりすることもあるが,この生態系の食物連鎖自体が腐食連鎖であるため,生態系の維持には影響を及ぼさない。なお,鶏糞は微生物の早期発生や生育に最も効果的なものではあるが,入れすぎると水全体が濃い茶色になり観察しにくくなるので,一つまみ加える程度にする。
 水槽内の水がうすい黄色になり,どこの水を採取しても容易に微生物を観察できるようになったら,ミジンコを数個体入れる。なお,ビオトープの観察期間中,蒸発した分の水の補給をするだけで餌等は一切与えないものとした。
(3) 実証授業の流れと結果及び考察
ア ミニビオトープを用いた実証授業の流れ
 指導過程 小単元「自然のなかの生物」       (全5時間+自主観察)
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イ 結果及び考察
 本単元の学習を終えた後の補充的な学習として,ミニビオトープの製作,観察を行った。「ミジンコが生きていくには何が必要か」という問い掛けに対して,生徒たちは食物連鎖の観点から,ミジンコの餌となる生物とその生物の餌になる生物が必要と答えた。さらに,物質循環の観点から,酸素を供給するための植物と浄化作用のための分解者を必要なものとして挙げた。生徒たちが,これまでに獲得した知識を総合的に活用して,一つの自然環境を作ろうとしていることがうかがえた。ビオトープの製作時は,入れる物や分量などを確認しながら意欲的に取り組んでいた。その際,教師側から酸素供給のための植物は水草等ではなく植物プランクトンとし,不足分は空気中からの補給とすること,バクテリアや微生物が発生しやすい環境づくりに重点を置くことを伝えた。
 1週間後のミニビオトープ内にはたくさんの微生物が発生しており,生徒たちは「探さなくてもいる」,「これを見てください」,「何だ,もう発見済みか」と一喜一憂しながら観察していた。片付けるとき,スライドガラスを洗うことに対して「流してしまうのはかわいそうだ」と訴える生徒もいた。微生物たちを単なる観察対象ではなく,自然の中の一つの命として感じ始めている様子がうかがえた。
 ミジンコを加えた後の生物の数量変化について予想させたところ,生徒一人一人がこれまでに獲得した知識を基にシミュレーションを行うという思考過程を経て,最終的に全員が数量変化を予想することができた。
 表1はミニビオトープで観察された生物の数量変化を表している。
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 7日目の観察時には,大量にふえたミジンコを見て,「ミジンコの繁殖力には驚かされた」,「生態系のバランスが取れるのか心配になってきた」といった記録が多く見られた。このように,「次第にバランスは取れていく」という生徒たちの確信が揺り動かされたのは,自分のもっている知識の範囲では想像もできないほどのダイナミックな自然事象に直接触れたからである。
 生徒たちは終始,意欲的に取り組み,学習が進むにつれて明らかに総合的な見方や考え方で自然をとらえようとするようになった。また,ミニビオトープに人為的にミジンコを入れたことによって起こった生物の数量変化を目の当たりにして,環境保全への意欲も高まった。


3 実証授業の成果と課題
 今回の研究では,直接体験を通して自然界の仕組みを理解させることをテーマに教材の開発に当たった。第3学年必修理科の授業では,生徒たちが仕組みを理解するだけにとどまらず,自然の神秘性や生命の尊さを感じてくれたことから,予想以上の成果を上げることができたと考える。また,理科の授業における直接体験の重要性を改めて認識することができた。
 今回の教材「ミニビオトープ」の開発には,第2学年選択理科における統一テーマでの課題研究として,数か月間に渡って生徒たちと共に取り組んだ。目標を「餌を与えずに1か月間ミジンコを生存させよう」とし,三つの小グループ「ビオトープ製作班」,「ビオトープ改良班,」「微生物研究班」に分け,ミジンコが捕食する微生物をより多く発生させるためにはどの素材が有効であるかを対照実験で検証させたり,発生する微生物の種類について詳しく調べさせたりした。ミジンコは現在,最長のもので7か月間生存している。
 このミニビオトープでは,様々な微生物を発生させることができた。第1学年必修理科の「微生物の観察」でも,この教材を大いに活用できるのではないかと思われる。今後,実際の授業を通してその有効性を探っていきたい。


                       (鹿屋市立大姶良中学校  平原 金智)




 【資料】ミニビオトープで発生した微生物



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