生物が子孫をのこす仕組みの巧みさを実感させる学習指導の工夫  

  −「花粉管の伸長」の観察を通して−  

 

1 研究主題設定の理由

「基礎・基本」定着度調査の生物的領域の課題として,学習内容を相互に関連付けた理解が不十分であることが指摘されている。本校でも同様の傾向が見られることから,学習内容を関連付けて理解を深めるという視点で授業改善を図ることは重要なことである。

「生物の細胞と生殖」は中学校理科における生物的領域の最終単元であることから,生徒には一定の概念が形成されていなければならない。たとえば,減数分裂による有性生殖は同じ種の中に多様性を生み出す機能として重要であること,有性生殖の仕組みには植物,動物を超えた共通性があることなどである。

本単元においては体細胞分裂の観察や花粉管の伸長などの観察が設定されている。これらは生命現象に動物,植物を超えた共通性があることを実感させるために大変有効であるが,植物の生育環境や気象条件との関係から,確実性に課題がある。これまでの私の実践で課題が多かった花粉管の伸長を確実に観察できる方法を工夫することは,生命現象の共通性を実感させるとともに,学習内容を関連付ける場面づくりにつながると考え,本主題を設定した。

 

2 「生物の細胞と生殖」に対する学習指導改善の視点(新興出版社啓林館の電子データを修正,加筆)

 

※ 【  】は改善の視点。

3 花粉管の伸長を観察させることの意義

からだのつくりである細胞は顕微鏡で観察することが可能であるが,生殖のプロセスを目視することは非常に困難である。特に,動物の「受精」は,中学校の理科室においては,観察することは難しい。それゆえ,「種子植物の生殖」の一プロセスである「花粉管の伸長」を実際に観察することは,まさに今,生殖がおこなわれていることを体感できる絶好の機会である。しかし,この花粉管の伸長は,常に観察できるものではなく,また,成功例に比べ失敗例が多いため,観察を避けてしまう傾向にある。

一方,有性生殖に関する学習内容のつながりをたどってみると,小学校ではメダカとヒトの誕生について,いずれかを選択して学習するようになっている。ヒトを選択した場合,映像資料などの間接体験のみで学習を進めることになる。このような生徒に花粉管の伸長を観察させることは,植物と動物の共通性に着目させるだけでなく,直接体験を通して生命現象のすばらしさを感動的に味わわせる唯一の学習場面を設けることになる。

このように,花粉管の伸長を確実に観察できる条件を見いだすことは課題解決を図る上で重要である。

 

4 花粉管の伸長を確実に観察できるようにする方法の工夫

(1) 材料の吟味

教科書では,ホウセンカ,ムラサキツユクサ,インパチェンスが紹介されている。

ホウセンカ,ムラサキツユクサは園芸店での取り扱いがほとんどないため,自分で栽培しなければならない。それに対して,インパチェンスは,本単元の実施時期(5月末〜6月初め)に開花の最盛期にさしかかっている,園芸店での取り扱いが多いなど,材料として適している。

(2) 教科書に示されている観察方法

@ 510gの砂糖を溶かして100cm3にした寒天溶液をつくる。

A @の溶液をスライドガラス上に滴下し,固まった後,花粉を散布する。その後,顕微鏡で観察する。

(3) 花粉管の伸長に影響すると考えられる条件

@ 花粉の成熟度

A 前日までを含めた気温・湿度

B 寒天溶液の成分(砂糖の濃度)

C 花粉の散布の粗密

(4) 花粉管を確実に観察する条件に関する研究

【内容】

ア 花粉を成熟させる気象条件

今回の研究は7月より行ったために,屋外にて育成しているインパチェンスはすでに花の盛りが過ぎていた。これは,主に気温の上昇が原因であろうと予想し,空調の効いた屋内にて育成を行った。

イ 寒天溶液の成分

様々な文献等により,使用する寒天溶液は砂糖の濃度が重要なファクターであることが知られている。よって,濃度を細かく変更し,発芽率を調べた。

ウ 観察時の気象条件

実際に,花粉を固まった寒天溶液の上に散布し,様々な気温・湿度条件の上で実験し,発芽率を調べた。

【結果】

ア 花粉を成熟させる気象条件

材料を屋内・屋外(日なた)・屋外(日陰)の3グループに分け,育成を行った。

屋内においては,およそ気温27℃,湿度75%に保った。屋内のインパチェンスは,葉は状態が日増しに良くなっていったが,花は「つぼみは付くが,開花せずつぼみが落ちる。」という現象がみられ始めた。この状態は,2週間以上続き,開花がいっさい見られなかったために,屋内での育成を中止した。

屋外にて育成しているインパチェンスは,日なたにて育成しているグループは724日に暑さのためか全滅した。

日陰で育成しているグループは,やや弱りながらも開花がみられた。ただし,7月末から8月末にかけては,つぼみが付くことすらなかった。92日につぼみが付いていることが確認された。ただ,このつぼみが開花した花においては花粉の吐出がみられず,926日になって初めて花粉の吐出が確認された。

イ 寒天溶液の成分

教科書に記載のある5%〜10%を,砂糖濃度を1%刻みで変更して発芽率を調べた。

試行回数が10回と少ない状況であり,また発芽率も低く,信頼性に乏しいが,以下のような結果が出た。花粉数・発芽数はそれぞれ10回の試行の合計値である。なお,発芽の計測は,花粉散布20分後に行った

濃度(%)

花粉数

発芽数

発芽率(%)

5%

482

18

3.7%

6%

357

31

8.7%

7%

379

86

22.7%

8%

388

70

18.0%

9%

259

49

18.9%

10%

361

37

10.2%

15%

270

4

1.5%

 

 

 

 

 

 

 

<実施日:7月28日 午後3時から 外気温31℃ 室温27℃ 湿度約70%>

ウ 観察時の気象条件

寒天溶液を10%に固定し,気温をエアコンにて調節し,様々な温度での発芽率を調べた。また,空調による湿度低下・乾燥を防ぐため,教科書に紹介されている「加湿器」に入れ,20分後の発芽率を測定した。なお,花粉数・発芽数はそれぞれ10回の試行の合計値である。

気温()

花粉数

発芽数

発芽率(%)

22

598

53

8.9

23

612

37

6.0

24

604

71

11.8

25

577

51

8.8

26

731

65

8.9

27

678

68

10.0

28

811

16

2.0

29

743

5

0.7

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<実施日:10月13日 午前10時から 外気温29℃ 室温22℃〜29℃ 湿度約70%>

【考察】

ア 気象条件

インパチェンスを状態よく保ち,かつ,花粉を採取するためには,一日の平均気温が26℃を下回る条件が望ましいことが分かった。

イ 寒天溶液の成分

実験時の他条件が教科書に紹介されている5%〜10%においては,7%のものが一番発芽率が高かった。試行回数が10回と少ないが,5%〜10%が適しているという教科書の記述にも適合する。

ウ 観察時の気象条件

一番注意しなければならないのは気温である。インパチェンスの花粉管発芽に適した温度は,上記の結果より27℃以下が望ましいと結論づけた。23℃を下回ると若干発芽率が落ちるが,特に気になるレベルではない。何より花粉管は冷蔵庫内でも伸長する。

ここで大切なのは,いかにして授業で効率よく「観察に適した27℃以下の環境を作るか」である。

そこで,次のような装置を考え,実際に試してみた。

【簡易冷却装置】

[材料]

ペトリ皿1組 バット 割り箸 スライドガラス 寒天溶液 氷

[組み方]

@ バットに深さ1cmぐらい水を張り,氷水を入れる。

A 教科書に紹介されている方法のように,ペトリ皿()に切った割り箸を2本入れ,プレパラートを乗せる台にする。

B 加湿のため,ペトリ皿の内側は水で濡らしておく。

C スライドガラスに寒天溶液を滴下し,花粉を散布する。

D このプレパラートをAの割り箸の上に乗せ,ペトリ皿()でふたをする。この時,外側の氷水を吸い上げないように,逆さにしてふたをする。

[効果]

狭いペトリ皿内の気温を測るのは困難であるため,ペトリ皿()にシール温度計(水槽用)を貼り付け,温度を調べた。気温29℃の時,実験開始5分後にはシール温度計の示度が25℃に達した。

このことより,ペトリ皿内部は25℃以下であることは確実であるので,十分,花粉管の伸長実験に適すると考える。実際に,気温29℃の状況下で,実験してみたところ,十分発芽が観察された。

インパチェンスの花粉管の伸長(×400)

1014()午後3時気温29℃ 湿度80

(5) 研究成果を検証する授業の実際(平成19年11月14日()5校時)

※ 本来の授業時期に花粉管の観察が十分できなかった学級を対象に実施

1 単元名「植物はどのようにしてふえるのか」(大単元 「生物の子孫ののこし方」)

2 本時の実際

(1) 題材名「花粉管がのびるようすを観察しよう」

(2) 指導目標

・ 植物の種子のでき方について,受粉後に精細胞は,胚珠の中の卵細胞にどのようにして達するのかということに疑問興味・関心をもたせ,受粉後の花粉の変化を調べようという意欲を高める。

・ 花粉管の伸長を,時間を追って記録させ,スケッチをとる技能を身に付けさせる。

・ 生物の生殖の仕組みは,精細胞と卵細胞が合体するという点で,植物,動物に共通するものであることを理解させる。

(3) 展開

過程

時間

学習活動

指導上の留意点

導入

5分

1 植物は受粉後,どのような過程を経て受精に至るのか復習する。

○ 受粉=受精ではなく,花粉が花粉管をのばし,胚珠に達することで,花粉管内の精細胞と胚珠内の卵細胞が受精することを確認する。

展開

5分

テキスト ボックス: インパチェンスの花粉管の伸長を観察・スケッチしよう。2 本時の学習目標を確認する。

 

 

3 花粉管の伸長を観察する実験の仕組みについて確認する。

 

 

 

○ 寒天溶液が,めしべの柱頭の役割を果たしていること,花粉管の発芽には,適正な気温と湿度の条件が必要であることを説明する。

30分

4 観察・スケッチをする。

○ 視野に見えるたくさんの花粉の中から,1つだけを選び,丁寧にスケッチさせる。

○ スケッチの基本事項(実線で描き,色の濃淡は点描で表すなど)を机間指導において適時実施する。

○ 花粉管が伸びるだけで精細胞が移動したことになるのかに疑問をもたせる。

終末

10分

5 スケッチの発表をする。

 

 

6 伸長の様子(原形質流動)を動画で観察する。

 

7 まとめをする。

○ 机間指導において,紹介するスケッチを選んでおき,モニターを用いて全体に紹介する。

○ 動画において,より詳しく花粉管の伸長(原形質流動)を観察させる。

○ 学習プリントに自己評価をさせ,提出させる。

(4) 評価

・ 植物の受精は「受粉後に花粉管が伸長し胚珠に達することで,花粉管内の精細胞と胚珠内の卵細胞が合体することで受精する。」ということを説明できる。

・ 花粉管が伸長する様子を正確にスケッチすることができる。

・ 植物の受精と動物の受精との共通点が指摘できる。

(6) 検証授業の結果

・ 前日から急に冷え込んだため,花粉が採取できる花が2つしかない状況で授業を行ったが,すべての班で花粉管の伸長を観察させることができた。温度管理を適切に行えば,インパチェンスを使った花粉管の観察を安定的に行うことができると考える。

・ 2〜3日成長させた花粉管を顕微鏡投影機で全員に観察させたり,事前に撮影しておいた花粉管内における原形質流動の動画を見せたりしたところ,生徒から感嘆の声が上がった。生命現象の力強さや動物の生殖との共通性を実感させることができたと考える。

 

5 成果と課題

今回の実践により,生命現象そのものや生命現象に関する学習内容のつながりを私自身が総合的に把握するとともに,その巧みさを実感させられるような観察,実験を意図的,計画的に行うことの大切さが確認できた。

ただ,実証授業の実施が11月となったため,授業改善の本来の意図が十分達成できたとは言い難い。来年度は,単元全体の指導計画の見直しや学習内容を関連付ける場面の充実を図りながら,今回の成果を生かした授業改善を行っていきたいと考える。

 

本単元と関連のある学習内容の系統表

鹿屋市立第一鹿屋中学校 松尾 誉