中和滴定曲線の作図

 

1 研究に取り組んだ観察,実験

中和滴定曲線の作図(生徒1人ひとりが実験を行える少量実験での方法の研究)

2 観察,実験のねらい

中和滴定曲線を,実験を通じて作図させ,中和滴定曲線の特徴を理解させる。

3 観察,実験の実際と問題点

中和滴定曲線は,酸塩基の中和反応の際,反応溶液中のpH変化を,滴下量と共に示したグラフである。用いる酸,塩基の強弱により得られる曲線は様々だが,概して中和点付近では,pHが急激な変化を見せるという特徴がある。通常,この曲線で中和点前後の特徴がわかることで実験操作の注意点(中和点付近では,滴下を1滴ずつ慎重に行うべきということ)が把握でき,また中和滴定での適切な指示薬の判断材料とする。ところが,この曲線の描く軌跡は独特であるためか,生徒はあまり理解を深められない。そこで,実験を行い,曲線を描かせれば,理解度が増すと思われるが,実験には以下の問題点が存在する。

@ 実験を行う場合は通常,pHメーターなどの器具が必要であるが,生徒分の数が確保できない。

A @で,もし数台確保できたとしても,5〜6名の生徒の班内で,実験に参加できない生徒が出てくる。

@については,教師が演示で行い,生徒にはプロジェクター等で示す方法もあると思うが,生徒たち自らが手を動かし,導いた結果ではないので,生徒の理解度や興味関心を高めることには結びつかないのではないか。

Aについては,@での演示よりは生徒の活動が期待できるが,果たして全ての生徒が動き,結果を導くことができるのか。

 

4 観察,実験の改善のポイント,開発した教材教具

実験を積極的に行うことは,興味関心を高めるだけでなく,科学的な思考力を養うために大事なことである。そのため,今回私は,1人ひとりが実験の「主体者」となれるような方法を考えてみた

まず,中和滴定曲線を描くための実験装置である。普通は中和滴定と同様の,ビュレット,コニカルビーカー,ホールピペット,メスフラスコといった実験器具が必要となる(写真1)。しかし,学校で準備している器具は,普通は多くても2人に1セット程度であるのがほとんどではないだろうか。そこで,今回,ビュレットとコニカルビーカーの代わりとして,点眼瓶と反応皿を試してみた(写真2)。これらは比較的安価であるため,生徒一人ずつへの準備が可能である。また,点眼瓶はビュレットと同様,滴下による反応ができる。加えて反応皿とセットで用いることにより,少量での実験が可能であり,実験後の廃液処理等が少なくて済む利点がある。

写真1 ビュレットとコニカルビーカー

写真2 点眼瓶と反応皿

次に,pHの測定方法である。正確な測定を行うためには,前述のとおりpHメーターが必要であるが,今回はユニバーサルpH試験紙(写真3)を用いた。測定できるpH範囲はpH1〜11で,識別可能なpHは1刻みであるため,pHの測定はやや「アバウト」ではあるが,今回の「実験を行い,滴定曲線を書く」という目的であれば,妥当ではないかと判断した。

また,ビュレットを点眼瓶に代えて実験を行うには,1つの問題が存在する。ビュレットは滴下した試薬の体積を,器壁の目盛りで読み取る。しかし点眼瓶では,滴下した溶液の体積を読み取ることはできない。通常,滴定曲線は縦軸にpH,横軸に滴下量(体積)を取り作図するため,どうすればよいか。しかも,ビュレットは活栓を開くことにより試薬は重力により自然滴下となるが,点眼瓶はその構造上,自分で瓶の本体を押し滴下させるため,押し方により安定した滴下が得られるかが疑問である。そこで,点眼瓶について,以下の検証を試みた。

検証事項:点眼瓶はビュレットの代わりとなるか。

仮  説:点眼瓶から滴下した1滴あたりの体積を,その質量から算出できれば,滴下した溶液の滴数×1滴あたりの体積=滴下した溶液の体積となり,ビュレットの代わりとなるのではないか。

実験操作:@点眼瓶に純水を入れ,ビーカーに10滴ずつ滴下し,質量を電子天びんで測定する(写真4)。

A10滴ずつの質量を測定し,1滴あたりの平均値を算出し,比較する。

検証結果:

滴下数

質量

10滴ごとの質量

1滴ごとの質量

10

0.632g

0.632g

0.0632g

20

1.255g

0.623g

0.0623g

30

1.873g

0.618g

0.0618g

40

2.473g

0.600g

0.0600g

50

3.066g

0.593g

0.0593g

 

平均

0.0613g

 

 

平均(体積)

0.0613ml

表1 点眼瓶の滴下量と質量との関係

 

滴下数

質量

10滴ごとの質量

1滴ごとの質量

10

0.538g

0.538g

0.0538g

20

1.085g

0.547g

0.0547g

30

1.628g

0.543g

0.0543g

40

2.171g

0.543g

0.0543g

50

2.709g

0.538g

0.0538g

 

平均

0.0542g

 

 

平均(体積)

0.0542ml

表2 ビュレットの滴下量と質量との関係

50滴までの値で比較した結果,値にばらつきはあるものの,ほぼ1滴あたり約0.06gとなる(表1)。純水の比重は1g/mlであるため,点眼瓶1滴あたりの質量は0.06mlとなる。ビュレットについて同様の実験を行った結果,1滴あたり0.05mlとなった(表2)。結論として,ビュレットの代わりに点眼瓶を用いても差し支えなく,仮説は正しいと判断した。

また,今回の検証では純水を用いているが,実際の実験では溶液を用いるため,比重が異なることが心配されるが,希薄溶液であれば無視できるとして,1滴あたり0.06mlで考えていくこととする。

写真3 ユニバーサルpH試験紙

写真4 点眼瓶1滴あたりの質量測定

写真5 ビュレット1滴あたりの質量測定

以上のことなどから,実験については以下のとおりで行うこととした。

準備:点眼瓶,反応皿,pH試験紙,比色表,0.1mol/l塩酸,0.02mol/l水酸化ナトリウム水溶液

操作:@ 点眼瓶に塩酸,水酸化ナトリウム水溶液をそれぞれ入れる。

A 塩酸を反応皿に1滴ずつ,10ヶ所のくぼみに滴下する(写真5)。

B Aの反応皿に水酸化ナトリウム水溶液を,初めのくぼみには1滴,次には2滴,・・・というように滴下する(写真6)。

C 反応皿のくぼみにpH試験紙を浸し,得られた色と比色表でpHを判断する(写真7)。

D 水酸化ナトリウム水溶液の滴下量,pHの関係を作図する。

写真5 操作A

                写真6 操作B

写真7 操作C

 

5 実証授業の流れと結果及び考察

まだ実証授業を行っていないため,以下に予備実験の結果および授業を行う際の流れを示す。

 

【予備実験】

実験結果:

塩基の滴下量

10

pH

10

11

11

11

11

得られた滴定曲線:得られた滴定曲線は以下のとおりであり,良い結果であった。

図1 得られた滴定曲線

【授業の流れ(案)】

過程

時間

生徒の学習活動

指導上の留意点

導入

10分

・滴定曲線がどう描けるのかを予想する。

・今回の実験の目的を理解する。

目的:滴定曲線を,実験を通じて作成する。

・実験操作の方法や注意点を理解する。

・自由に考えさせ,表に実際に書かせる。(その際適切な助言を行う)

展   開

35分

・実験操作を行う。

(酸の滴下−塩基の滴下−pH試験紙)

・反応皿の各箇所における試験紙の変色から,それぞれのpHを判断する。

・塩基の滴下量とpHから,滴定曲線を書く。

・実験前の自分の予想と,実験結果を比較する。

・滴定曲線の特徴を理解する。

・実験の後片付けを行う。

・反応皿への酸の滴下および,塩基の滴下の際,1滴の違いが結果に大きく影響するので,慎重に操作させる。

 

 

 

・滴定曲線は,特に中和点付近の変化が大きいことを気づかせる。

まとめ

5分

・本時のまとめを行う。

・次時の予告を聞く。

 

 

6 実証授業の成果と課題

【課題点】

・実証授業については,今後行いたい。

・今回の研究では,滴定曲線の基本となる強酸−強塩基の場合しか検討しなかった。弱酸や弱塩基との組み合わせについても行えるはずであるため,更なる検討が必要である。

・今回の滴定曲線の次のステップとして,「中和滴定」がある。予備実験の段階では良い結果が得られているため,このことについても研究を重ねたい。

鹿児島県立財部高等学校

                               教諭 大浦 竜二