実践事例WB(物質とエネルギー) |
第6学年「水溶液の性質とはたらき」 |
(1) 研究のねらい
本単元の学習は,水溶液の性質とその働きについての見方や考え方をもつようにするとともに,水溶液の性質や働きを多面的に追究する能力や日常生活に見られる水溶液を,興味・関心をもって見直す態度を育てることがねらいとなっている。
水溶液にはいくつかの性質があり,それぞれの性質によって働きが違うことなどを学習させる必要がある。そのため,『小学校学習指導要領解説−理科編−』では,次の3点を指導することとなっている。
・ 水溶液には気体が溶けているものもあること。 ・ 水溶液は,酸性・中性・アルカリ性に分類できること。 ・ 金属を溶かす水溶液もあること。 |
ここでの学習内容は化学的には大変重要で,かつ,基礎的・基本的な内容である。また,色鮮やかに試薬の色を変化させる様々な水溶液や様々な実験器具の使用など,理科好き,実験好きな児童には人気のある単元である。しかし,児童の日常生活においては,ほとんど意識されることがない内容でもある。そのため,これまでの学習では,実験そのものに興味をもてない児童にとっては,本単元を学習することの必要性や必然性を感じることができず,学習が進むにつれて,次第に意欲を失っていく様子もみられた。
そこで,単元の導入を工夫することにより,学習意欲を高めることにした。
(2) 研究の実際
ア 観察,実験上の問題点
本単元の実験では,実験好きな児童には毎時間が楽しい学習である。一方,理科の不得意な児童にとっては,日常生活ではほとんどかかわりのないような薬品が幾つも登場したり,液性の違いやそれぞれの特徴を理解したりすることに,苦痛を感じているようである。
「私は別に分類したいと思わない」,「ここを勉強しても,『だから何なの』という感じ」という児童の言葉が物語るように,水溶液を分類することの必要性を全く感じないのである。
確かに,単元の初めから普段なじみのない塩酸やアンモニアといった未知の薬品が登場してくる。リトマス紙や酸性・アルカリ性・中性,水酸化ナトリウム,金属を溶かす水溶液,一度溶けたものを再度取り出すと別のものになっているなど,盛りだくさんの内容が登場する単元である。
他の単元の学習は,自分をとりまく自然界の理解につながっていたり,自分もその自然界の一員であることを自覚させられたりするなど,今まで気付かなかったことに気付いたり,自然界のあらゆるものが互いに関係していることに気付いたりして,学習内容が自分自身にもかかわりのあることとして受け止めることができる。しかし,この単元ではそのような意識をもつことができず,学習が進むにつれて混乱し,意欲を失ってしまうのである。
したがって,本単元で,児童たちが意欲的に学習に取り組むためには,水溶液を分類することの必要性を感じさせたり,児童自身の日常生活と学習内容がつながっているという意識をもたせたりする工夫が必要である。
イ 学習指導上の改善のポイント
(ア) 単元導入の工夫
身近なところにある水溶液に目を向けさせ,さらに,それらのもつ働きに着目させるために,ムラサキキャベツを使い,次のような導入を行う。
・ ムラサキキャベツのみじん切りをホワイトリカーにつけて色素を抽出し,試薬とする。
・ 3本の試験管に白ワイン,水,市販のアルカリイオン水を入れる。
・ ムラサキキャベツの抽出液を滴下し,色の変化を調べる。
・ 児童一人一人に,ムラサキキャベツの試薬と小型試験管を持ち帰らせ,自宅にある様々な水溶液を調べさせる。
ここでのポイントは,塩酸やアンモニアなどの実験用の試薬を使わず,児童の日常生活の中にある水溶液を使うことである。
(イ) ムラサキキャベツの試薬の作り方
・ ムラサキキャベツをみじん切りにする。
・ ホワイトリカーやお湯,エタノーールなどに切ったムラサキキャベツを入れ,色素が抽出されるまで置く。
・ ムラサキキャベツの色が抽出できたら,ふきんなどを用いてこす。
以上でムラサキキャベツの試薬ができるが,長期保存をする際には,薄い塩酸を加えて弱酸性にし,冷暗所で保存する。
(ウ) 色の変化の見方
ムラサキキャベツの試薬に濃い着色のあるものを入れると混ざり,色の変化が見にくい。そこで,ムラサキキャベツの液に少量ずつ水溶液を加え,水溶液と試薬の境界付近の色の変化に着目しながら観察する。
(エ) 身近な水溶液等を扱うことの良さ
実際に,身近な水溶液を使って調べたとき,どのような分類ができるか確かめたところ,次のような結果になった。
実際に確かめてみると,それぞれのグループに何らかの共通の働きがあることが分かる。児童が実際に確かめる際に,それぞれの物品のラベルを確かめる活動を取り入れることで,液性の違いに目が向くとともに,それぞれの液性の共通した性質をとらえることができるのではないかと考えられる。
ウ 実証授業の流れ
(ア) 単元構成
単元の構成を,次のように変更した。
小単元 |
主な学習内容 |
身の回りの水溶液とムラサキキャベツ |
・ ムラサキキャベツの試薬の色が水溶液によってどのように変わるか理科室で実験した後,自宅でも様々な水溶液を調べる。 ・ 各自の実験結果を基に話し合い,水溶液の仲間分けをする。 |
水溶液にはどんな仲間があるか |
・ 胃液が塩酸であることを話題にし,自分とのかかわりに気付かせ,学習意欲を高める。 ・ リトマス紙を使って水溶液を分類する。 ・ 酸性,中性,アルカリ性に分けられることをまとめる。 |
水溶液には何が溶けているか |
・ 各自が調べたものについて,溶けているものを考える。 ・ 溶けている物を蒸発乾固によって特定できない水溶液について調べる。 (炭酸水,塩酸,アンモニア水) |
金属を水溶液に入れるとどうなるか |
・ 酸性雨の話題を取り上げ,日常生活との関連を図り,水溶液には金属を溶かす働きがあるかを調べる。 ・ 塩酸にアルミニウムはくを入れて変化を見る。また,溶けた液を蒸発させて観察する。 ・ 水溶液には,金属を変化させるものがあることについてまとめる。 ・ 学習を整理し,水溶液の性質と働きについてまとめる。 |
(イ) ムラサキキャベツ溶液を用いた水溶液の分類
過程 |
主な学習活動 |
教師の働き掛けと児童の反応 ◇児童の気付きや考え |
身 の 回 り の 水 溶 液 と ム ラ サ キ キ ャ ベ ツ 1時 |
1 学習のめあてをつかむ。 2 使い方の練習をする。 (1) 用意した水溶液を使って ・ 白ワイン(酸性) ・ スポーツドリンク(酸性) ・ 水(中性) ・ 水(弱アルカリ性) (2) 自宅で調べるものを話し合う。 ・ 地下水・ビール・米のとぎ汁 ・ 茶・麦茶・炭酸飲料・みかん・水槽の水など 3 自宅で調査する際の注意を聞く。 |
○ ムラサキキャベツの試薬を使い,自宅で調べ学習に取り組むことを前提に,実験用の薬品は使用せず,身近にある飲用水や食料品を使い,調べ方を学ばせる。 ○ 赤系統の色,青系統の色に変化することに気付かせる。 ○ 中性のものはムラサキキャベツ溶液の色が薄まるだけであるが,児童は,色が変化したととらえて,酸性の仲間に加えてしまうことが多いので,色が薄まるのは変化していないことをあらかじめ指導しておく。 ◇ わぁ,色が変わった。 ◇ もっと赤っぽくなるね。 ◇ うすい青色だ。 ○ 調べ学習は,保護者と行うことなど,自宅で調べる際の諸注意を行う。 ○ 調べたものをラベルの付いた容器ごと持ってくるように指示する。 ○ 調べるたびに試験管を洗うことや,食品を扱うので,衛生面に気を付けるよう指示する。 |
身 の 回 り の 水 溶 液 と ム ラ サ キ キ ャ ベ ツ 2時 |
1 学習のめあてをつかむ。 2 調べた結果をまとめる。 (1) 自宅での実験結果を話し合う。 (2) 確認が必要なものを実験で確かめる。 (3) 色別に仲間分けする。 3 仲間ごとの性質や働きの特徴を考える。 (1) 色別の仲間分け <赤くなったもの> <色の変化のないもの> <青,緑になったもの> (2) 容器のラベルに注目して特徴をまとめる。 ・ 赤い色…食べ物など 酸性 ・ 変わらない…飲み物 中性 ・ 青い色…洗剤,薬 アルカリ性 4 次時の学習について ・ リトマス紙を知る。 ・ ビデオを視聴する。 |
◇ 地下水は変化なしだった。 ◇ 水道の水はうすい赤だった。 ◇ 入浴剤は青っぽくなった。 ○ 同じ水溶液であっても濃度によって色は異なってくるので,おおまかに赤系統,うす紫,青系統としてとらえさせる。 ○ 納得してまとめることができるようにするために,児童自身が確かめたいと考えた水溶液については実験をさせる。 ○ 仲間分けから仲間の特徴へと学習を展開するために,調べた結果をグループでまとめさせる。 ○ それぞれの仲間の性質や働きに目を向けさせるために,どうして色が変わるのか問い掛ける。 ○ 水溶液の性質や働きに気付かせるために,「何が入っているのだろうか」など問い掛け,製品に付いている製品ラベルに目を向けさせるようにする。 ○ 水溶液の性質と働きの関係に気付かせるために,それぞれのグループごとに特徴をまとめさせる。 ◇ 赤色が多いね。 ◇ 青色は他にないのかな。少ないね。 ◇ 色が変わらないものは少ないね。 ◇ もっとたくさん調べたいね。 ○ 仲間分けをするために,調べたものを黒板に張り出す活動を行う。 ◇ 薬品も青色なんだね。他の薬品もそうか確かめないといけないね。 ◇ 同じ水なのに結果が違う。 ◇ やっぱり食べ物は赤色だ。 ○ これから扱う薬品等に興味・関心をもたせるために,胃液の中に塩酸があることを,「人の消化」のビデオ映像で確認をさせる。 |
水 溶 液 に は ど ん な 仲 間 が あ る か 3時 |
1 学習のめあてをつかむ。 2 リトマス紙を使って調べる。 (1) リトマス紙の使い方を知る。 ・ 青→赤酸性 ・ 赤→青アルカリ性 (2) リトマス紙を使って調べる。 ・ 塩酸・クエン酸・炭酸水 ・ アンモニア水・水(中性) 3 学習のまとめをする。 |
○ 判定が複雑だという印象を緩和するために,酸性の判定の場合のみを覚えたらよいことを知らせる。 ○ 語呂合わせで覚えさせる。 「青(せい)→赤(せき)=酸(さん)」 ◇ 塩酸って金属を溶かす(ビデオ視聴により得た知識)のに,手についたら怖いな。 ◇ アンモニアは青になるんだ。 ◇ ほんとに塩酸は酸性なんだな。 ◇ 中性のものは分かりにくいね。 ◇ 水溶液は酸性・中性・アルカリ性の三つの仲間に分けることができるんだな。 |
エ 結果と考察
・ 導入にムラサキキャベツ溶液を試薬として用いたことで,安全に,安心して実験に取り組むことができた。また,同じ理由により自宅での実験も安心して行うことができ,様々な水溶液を調べることができた。
・ 身の回りのものの液性を調べることによって,本単元の学習は面白そうだと感じている児童がほとんどだった。
・ 2時の終末までは,理科の不得意な児童も,積極的に学習に参加していた。また,自宅での調べ学習に向けた話合いでも意欲的だった。
・ 日常的な言葉で水溶液を仲間分けすることには,理科の不得意な児童も抵抗なく学習に取り組むことができたことがうかがえる。
・ アルカリ性,中性,酸性という用語が出てきたところで,一気に意欲が減退していくようすが,理科の得意でない児童に態度になって現れた。
・ 実験用薬品への抵抗を軽減するために行った,消化と吸収の学習と水溶液の液性を関連付けたビデオ視聴で,児童たちの興味・関心は一気に高まった。
・ 提示した塩酸の瓶を見た児童たちは,どうやって胃の中からあれだけの塩酸を取り出したのかと考えていた。
(3) 実証授業の成果と課題
本実践のポイントは,次の2点であった。
@ 日常生活で慣れ親しんでいる水溶液を取り上げることによって,本単元を学習することに意義を感じさせることができる。
A 水溶液がもっている力に着目させることによって,実験の結果を自分の生活と関連付けてとらえることができる。
以上のことを実施することにより,理科の実験や理科という教科そのものに苦手意識をもっている児童の学習意欲を高め,持続させることができるのではないかと考えた。
実践の結果を分析するために,3台のビデオカメラで児童の活動の様子を記録した。また,六つのグループに各1台のDATレコーダーを設置し,児童の発言を記録し,分析した。しかし,教師の発言中は,児童の会話は中断し,作業も中断しているため,そのときの児童の意識を把握することができない。そこで,そのような場面では,必要に応じて昼休みに児童を理科室に呼び,一緒にビデオを見ながら学習を振り返り,その時々の気持ちを話してもらった。
DATレコーダーやビデオに記録された児童の会話やつぶやきを聞くと,いかに教師が児童の姿をみていないかが分かり,耳の痛いものも多かった。本研究の成果と課題をまとめると,次のようになる。
<成果>
・ 身の回りの水溶液に着目したことで,いろいろなものを調べてみたいという学習意欲を高めることができた。
・ 自分たちの言葉で水溶液の性質や働きを分類することにより,実感のある分類になった。
・ いろいろな水溶液がそれぞれ独自の働きをもっていることと同時に,大別すると三つに仲間分けすることができるということに気付かせることができた。
<課題>
・ 胃の中に塩酸があることや,酸性雨のことを話題にすることでいくらか問題解決ができたが,アルカリ性・中性・酸性という用語が出てくると,それ以前にどのような手だてをとっていても,「急に難しくなった」,「ややこしくなった」,「だんだんわからなくなってきた」という感情が一気に起こり,学習意欲が低下してしまう児童が依然として存在する。
・ 塩酸を提示したとき,こちらが予想していた児童の意識と,実際の児童の意識には大きな差があるのに,そのまま学習が進んでしまい,結果的に理解不足の状態になっている児童が出てきた。授業中に,児童がどう受け止めているかということを,無理なく評価できる手法が必要である。
(菱刈町立菱刈小学校 野元 剛二)