縄文時代(晩期)
                       (約3000年前〜約2300年前)

24 黒川洞穴
(くろかわどうけつ)
位 置  吹上町永吉
発掘年  1952年(昭和27年),1964年(昭和39年),1965年(昭和40年),1967年(昭和42年)
周囲の状況  標高84m,東シナ海にそそぐ永吉川の支流,二俣(ふたまた)川の右岸に開口し,吹上浜からは約7キロほど離れた場所にある。
出土品など 黒川洞穴は,凝灰岩(ぎょうかいがん)またはシラス層からなる断崖(だんがい)に水食作用によって形成された洞穴である。大小二個の入り口が隣接しており,西側入り口は幅13.3m,高さ4.35m,奥行き8.4mからなり共通の前庭部で続いている。
 注目すべきことは縄文晩期土器,ものを焼いた跡と見られる炉跡,オオカミの骨を含む多量の獣骨(じゅうこつ),ヘラやカンザシ等の骨角器(こっかっき)の出土である。人骨は25−30歳の女性で,副葬品(ふくそうひん)はなく,かたわらには標石が設けてあった。出土した獣骨はイノシシ,シカが圧倒的に多いが,その中には,現在の日本には生息しないオオカミや南九州では見られないカモシカの骨なども見つかっている。
(「教科書にのらない鹿児島の遺跡 30」 県立埋蔵文化財センター)
25 タチバナ遺跡 位 置  十島村中之島
発掘年  1977年(昭和52年)〜1979年(昭和54年)
周囲の状況  海岸から距離約500m,標高165mの南向きの緩斜面(かんしゃめん)にあり,近くに湧水(ゆうすい)点がある。いくつかの谷を迂回(うかい)し,崖(がけ)をよじ登らなければならず,接近は容易ではない。
出土品など  土器では,喜念式土器(きねんしきどき),宇宿上層式土器(うしゅくじょうそうしきどき),一湊(いっそう)式土器,黒川(くろかわ)式土器,入佐(いりさ)式土器などが出土した。また,石器では,磨製石斧(ませいせきふ),磨石(すりいし),敲石(たたきいし),凹石(くぼみいし),石皿などが出土している。他に住居跡が20基,炉(ろ)跡が18基発見された。
(熊本大学考古学研究室 1980 )
26 中町馬場遺跡
(なかまちばば)
位 置  里村里
発掘年  1984年(昭和59年)
周囲の状況  標高約2mの水月川,江川に囲まれたところにある。
出土品など  土器では,黒川(くろかわ)式土器,刻目突帯文(きざみめとったいもん)土器などが出土した。石器では,石斧(いしおの),石錘(せきすい),磨石(すりいし),石鏃(せきぞく),軽石(かるいし)加工品などが出土している。
(里村教育委員会)