縄文時代(中期)
                        (約5000年前〜約4000年前)

19 前谷遺跡
(まえたに)
位 置  松山町泰野
発掘年  1985年(昭和60年)
周囲の状況  標高約160mの台地にある。前には豊富な湧水(ゆうすい)があり,今でも豊富な水量が付近の水田用水として利用されている。
出土品など  約1000平方メートルの範囲から縄文時代前期末〜中期の竪穴式(たてあなしき)住居跡や土器,石器などの他弥生時代の住居跡,歴史時代の建物跡が発見されました。竪穴式住居跡は,長方形のものが2基,円形のものが3基ありましたが,屋外には炉の跡と思われる集石(しゅうせき)も見つかりました。いっしょに出土した土器は,鹿児島市の春日町遺跡で出土した土器を標識とした「春日式土器」がほとんどですが,中には,瀬戸内海沿岸の地方で見られるような文様(もんよう)をつけたものもあり,このころ瀬戸内地方とも行き来があったのではないかと考えられています。また,これらの土器といっしょに石鏃(せきぞく)や石匙(いしさじ)・石斧(いしおの)などの石器もたくさん見つかっています。なかでも石鏃は100本以上も見つかっており,狩猟がさかんに行われていたことが想像できます。
(「鹿児島県埋蔵文化財の知識」鹿児島県教育委員会 1986 )