| 縄文時代前期 |
【定住】

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縄文時代前期(約6300年前〜約5000年前)の遺跡である阿多貝塚(あたかいづか)は,海岸から約4キロの内陸部(ないりくぶ)で標高9mの台地の縁(ふち)に位置している。この時期は,「縄文海進(じょうもんかいしん)」と呼ばれる海水面の上昇があった時期である。つまり,この時期は,海が貝塚のすぐ近くまで来ていたのである。
この遺跡では,貝の層の中から,縄文時代前期のものから弥生時代から古墳時代にかけてのものも見つかり,長い間人々が生活していたことが分かっている。
左の写真は,1・2・3号住居跡である。
(「鹿児島県埋蔵文化財の知識」鹿児島県教育委員会 1986) |
阿多貝塚
(金峰町埋蔵文化財調査報告書(1)) |
出水市の荘貝塚(しょうかいづか)では,貝の層の中から,右の写真のような猪(いのしし)の牙で作った装飾具(そうしょくぐ:身につけるかざり)が見つかった。
また,大理石(だいりせき)やチャートで作られた耳飾りも8個見つかっている。 (「鹿児島県埋蔵文化財の知識」鹿児島県教育委員会 1986)
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| 装飾具(黎明館) |
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