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| 友だちみんな,花いっぱい 1年 K.T 1学期に,朝顔の種を蒔きました。先生が, 「みんなで,たくさん花を咲かせましょう。」 と,言いました。ぼくは, 「早く,芽が出るといいなあ。」 と思いながら,鉢に3個種を蒔きました。 何日かすると,黒い種の帽子をかぶった芽が,ぽこっと土を持ち上げていました。ぼくは,嬉しくて, 「先生,芽が出たよ。」 と,教えに行きました。めるちゃんと名前を付けました。 次の日,黒い種の帽子が取れて,蝶の羽に似た双葉が,ちょこんと開いていました。手で触るとつるつるしていました。どんどん大きくなあれと思いながら毎日水をかけました。友だちの朝顔も次々と双葉が開きました。 ある日,学校に行くと 「ぼくの朝顔がない。」 と,Kくんが大きな声で叫んでいます。 「ぼくのも。ぼくのもだ。」 4人の友だちの朝顔が,短い茎だけになっていました。ぼくはびっくりしました。先生も急いでやって来て,がっかりしてみていました。 2・3日して,先生が, 「朝顔さんは,野生のウサギさんが食べたようです。」 と,教えてくれました。みんな原因が分かって,ほっとしました。4人のお友だちには,みんなで朝顔を分けてあげました。ぼくも,めるちゃんの次に大きな苗を友だちの鉢に植え替えました。先生が, 「ウサギさんに食べられないようにするにはどうしたらいいかな。」 と,言いました。ウサギさんが入れないように,みんなで鉢の周りに大きなかごを8つ並べて囲いをしました。ところが,日が当たりません。そこで,今度はよく日が当たる2階のベランダに引っ越しをすることにしました。ベランダまで,毎日,ペットボトルに水を入れてかけました。本葉がどんどん増えて,つるがぐんぐん伸びていきました。 6月の中頃,めるちゃんが,紫の花を咲かせました。わあい,花が咲いたよ。嬉しいなあと思いました。 でも,まだ,咲いていない友だちは,寂しそうな顔をしていました。ぼくは,友だちみんなの花が,どうしたら早く咲くかなと考えました。 「ぼくも水をかけてあげよう。」 早速,早く咲きますようにとお日様にお願いをしながらみんなの鉢に水をかけました。 夏休みが始まる前,朝顔を持って帰ることにしました。どの植木鉢にもピンクや青紫や紫の花がいっぱい咲いています。みんなの花が咲いてきれいだなと思いました。 めるちゃんは,夏休みにたくさん種を作りました。来年もきれいな花を咲かせてね。 |
| 音読は,楽しいな 1年 K.E 「「おむすびころりん劇場をしましよう。」 先生の声に,私は,やったあと思いました。1学期,国語の時間に習った「おむすびころりん」をグループ毎に音読発表会をすることになったのです。私は,音読が大好きです。特に,このお話は,お気に入りです。 私は,3班でメンバーは,TさんとMさんの3人です。 はじめに,3人でどんな工夫をするか,話し合いました。 「ここは,みんなで読もうよ。」 「踊りをしたら,楽しいね。」 いい考えが,たくさん出てきました。私が, 「鍬やおむすびを作ろうよ。」 と言うと,2人とも賛成してくれたので,その日に早速作ることになりました。 「ピンポーン。」 2人が,大きな段ボールを持って私の家に来ました。それから,3人で小判にする黄色い葉っぱを拾いに行きました。その後,私の家で音読の練習をしていると,あっという間に6時になりました。 「私が鍬やおむすびを作ってくるよ。」 と,すすんで言うと,2人は安心して,帰って行きました。 丈夫な長い木の枝に新聞紙を巻き付けて,その先に四角い紙で作った刃を結びつけて,鍬を作りました。新聞紙や色画用紙で,おむすびやごちそうも作りました。 次の日,作った道具を大きな段ボールに入れて持って行くと,先生や友だちが 「すごいね。上手だね。」 と,びっくりして褒めてくれました。私は嬉しくなりました。 それから,学校や家で,何回も練習をしました。 「踊った踊ったすっとんとん。」 おじいさんの楽しそうな様子が伝わるには,どうしたらいいかなと考えました。 「そうだ。だんだん大きくしよう。」 練習しているうちに全部覚えましたが,点や丸に気をつけて,早口にならないようにしました。3人で一緒に言うところは,顔を見合わせて,にっこり笑って言うことにしました。どんどん楽しくなり,「踊った踊った」のところは,3人とも自然にお尻を振り振り,踊り出してしまいました。 とうとう発表会の日になりました。授業参観日でお家の人がたくさん来てくださいました。1班も2班も元気いっぱい,発表しました。いよいよ,3班です。 「昔,昔のお話だよ。」 3人で大きな口を開けて,笑顔いっぱいに発表しました。 「はきはきと3人とも上手。」 お母さんも笑顔で,拍手をしてくれました。音読は,楽しいな。おむすびころりん劇場は,大成功でした。 |
| サーブがたくさん入ったよ 2年 Y.K 「お母さん,サーブがたくさん入ったよ。優勝したよ。」 私は,2年生になって初めてスポーツ少年団に入りました。そして,初めてバレーボールの大会に出ました。 コートに入った時,心臓がどきどきしました。なんか怖くて,出たくないなあともちょっと思いました。でも, 「よおし,サーブを入れるぞ。」 と心で叫びました。何故かというと,練習の時,力一杯打ってもボールが上に上がらなくてネットの前でポトンと落ちたり,ネットの下をくぐっていったりして少ししか入らなかったからです。だから,悔しいな,早く打てるようになりたいなと思いながら,サーブやレシーブの練習をたくさんしました。家でも弟にボールを投げてもらいレシーブの練習をしました。 はじめに,審判の人がピーと笛を鳴らしました。私のところにボールが来るかな,来て打ち返したいなとわくわくしました。 でも,全然来ません。早く飛んできてよと思いながら相手を見ていると,とうとう飛んできました。頑張って打ち返すぞと思って手を出したら,ボールはシュッと指の先をかすって落ちてしまいました。怖いなあ。3回目に,アンダーでえいっと打った時,ボールは,ふわっと上に上がりました。「やったあ,打てた。」とてもいい気持ちでした。「ようし,次はサーブだ。」私のサーブの番が来ました。絶対入れるぞと心に誓いました。 「Kのサーブで1本入れるぞ。」 チームのお姉ちゃんたちが応援してくれました。ピーという笛の合図で,えいっ,力一杯打ちました。ボールは天井に向かってすうっと上がっていき,ネットの上をギリギリで越えて相手のコートに入りました。そして,相手の指にあたってバシッと床に落ちました。「私のサーブで1点取れた。」私は,コートの中を飛び跳ねて走りながらお姉ちゃんたちとタッチしました。 「Kのサーブでもう1本。」 それから,4回ぐらい続けてサーブが入り,私のサーブでたくさん点を取りました。みんな喜んでいました。私は。すごくいい気持ちがしました。 そのままどんどん点を取っていき,ピピー,審判の人が最期の笛を吹きました。やったあ,勝ったあ。みんなにっこりしてタッチしあいました。2試合目もサーブが入って勝ちました。そして決勝戦。相手は男の人が1人入っていて強そうでした。「絶対勝つぞ。」私は,サーブが2回入って,レシーブが1回出来ました。2対1で勝ちました。お母さんのところに走っていきました。 「お母さん,サーブがたくさん入ったよ。優勝できたよ。」 |
| ぼくにもできた 3年 S.Y 「さあ,始めるぞ。」 ぼくは張り切って糸を海の底に垂らしました。ぼくの目標は,大きな魚を釣って針を抜くことです。ぼくは,リールを3回巻きました。これは,お父さんに習った大物を釣るやり方です。横のお父さんを見ると,まだ,餌付けをしているところでした。 「よし,今日は,お父さんより先に釣るぞ。」 と,気合いを入れました。すると,釣り竿が,もう,ピクピクしました。 「おお,きた。」 この感触です。ちゃんとつれているといいなと思いながら,リールを巻きました。黄色と白の大きな魚が掛かっていました。 「Y,すごいな。」 と,お父さんも喜んでくれました。 でも,やってみたかったのは,ここからです。難しい釣り針外しをしなければいけません。自分でするのは,初めてです。今までは,針が自分に刺さりそうで怖かったので,出来ませんでした。 糸につり下がっている魚は,バタバタと大暴れしています。ぼくが,親指と中指で魚の腹を持つと,魚は痛がってもっと暴れました。ぼくはびっくりしましたが,魚がつるつるして,落ちそうになったので,ぎゅっと握りしめました。しばらくすると,やっと大人しくなってくれたので,針を抜くことにしました。 まずは,魚の口を開けました。これは,口の横の方を押すだけで出来るので,簡単でした。でも,緊張していたので,魚がまた,落ちそうになりました。 次に,針を取ります。魚はまた,少し,大人しくなってきています。針の先を動かして抜き取ります。これが1番難しいです。なかなか抜けません。魚も痛そうでした。硬いけど,針の先を何回も動かします。だけど,それでも抜けなくて,困ってしまいました。お父さんが, 「針の先を,あちこち動かして,ぐるっと回して取るんだよ。」 と,教えてくれたのを,思い出しました。そして,もう一度,グイグイ動かすと,とうとう抜くことが出来ました。 「やったあ。」 お父さんに教えてもらった通りにやってみたらうまくできました。難しかったけど,自分でするってことは楽しかったです。 「ぼくにもできた。」 自信がわいてきました。ぼくもやればいろんなことができるんだ。頑張ってよかったです。その後,2回目もすぐ掛かりました。もっと大きい魚で,お父さんとぼくは,笑いました。針を取るのも,また,成功しました。また,釣りに行ってもっと大きい魚を釣りたいです。 「今度は,お父さんと勝負だぞ。」 |
| 私の自慢のお父さん 4年 K.Y 「車に気をつけて行きなさい。」 私が,家を出る時に,お父さんは必ずこう言います。いつも私のことを,心配してくれるお父さんですが,お父さんの目は見えません。耳もあまり聞こえないので,補聴器をつけています。 そんなお父さんのために私は,ご飯を食べる時は,メニューを教えてあげたり,おかずの場所を教えたりします。家の中では,お父さんの耳が痛くなるので,大きい音を出さないようにしています。 今まで聞いたこと無かったけど,4年生になって私は,他のお父さんたちと違うお父さんを不思議に思い,少し戸惑いながら, 「どうしてお父さんの目や耳は悪いの。」 と,聞いたことがあります。すると,お父さんは, 「お父さんの目や耳が悪いのは,生まれつきなんだよ。」 と,教えてくれました。 目が見えないということは,いつも目の前が真っ暗ということで,わたしの顔はもちろん,家族の顔も夜空に輝く星や,月の形を見ることも出来ません。耳が聞こえないということは,私の声も,家族の声も,大好きな音楽を聴くことも出来ません。 もし,私がお父さんのように,目や耳が悪かったら,私はとても嫌だなと思います。 私は,家族や友だちの顔も見たいし,声も聞きたいです。大好きな一輪車にも乗りたいです。大きくなったら車の運転もしてみたい。私と同じように,お父さんも,きっと見たいもの,聞きたいものがたくさんあるんだろうな。そう考えると,私は少しお父さんのことをかわいそうに思いました。 目や耳が不自由なお父さんだけど,掃除機をかけたり,洗濯物をたたんだり,歌を歌ったり,字を書くこともできます。バイオリンにも挑戦しています。聞こえづらい耳で私の声を聞き分けたり,よく私の顔を触って目や鼻,耳,唇を確かめます。見えないはずの私の顔をなんだかよく知っているようです。 「Yは,鼻が高いね。」 お父さんにそう言われると,私は嬉しくなります。 私が一番驚いたのは,お父さんが木を彫って,自分の顔を作ったことです。出来上がった,お父さんの顔をしたその木は,お父さんの高い鼻や大きい目にそっくりでした。私は本当は,お父さんの目や耳は悪くないんじゃないかなあと思ったりします。なぜなら,みんなのお父さんとちっとも変わらないからです。そんな私のお父さんは,私の大好きな自慢のお父さんです。 |
| 大好きなお母さん 5年 S.A ぼくの母は,フィリピン人です。ぼくの父と結婚して,日本で生活することになりました。母は,フィリピンにいる家族のために働いて,いろいろな物を送っています。今は,不自由なく生活していますが,ここまで来るには大変な母の努力がありました。 まず,日本に来たからには,日本語を覚えないといけません。母は,近所の家に住む高校生に,小学校の頃に使っていたノートを貸してもらい,必死に日本語を覚えようと努力していました。毎日,一生懸命頑張っている母の姿に「すごいなあ。」と思いました。 早いもので,母が日本に来て13年が過ぎたそうです。母は,日本語の発音はちょっと違うところもありますが,日本語を話すのは,上手です。そして,漢字も読めるようになったし,町内の病院で働けるほどになりました。 母の口癖は,「兄弟,仲良くするのよ。」と「弟の面倒を見るのよ。」です。フィリピンで母が両親から言われ続けてきた言葉なのかなあとぼくは思います。毎日,母は僕たちにこの言葉を言います。そして,僕たち兄弟が喧嘩をすると,すぐに止めます。兄弟喧嘩は,とても嫌いな母です。 そして,母の好きなところは,スポーツ少年団で試合があると毎日必ず来てくれて,大声で応援してくれるところです。声の大きさでは,誰にも負けません。そして,いつも僕たち家族をまとめてくれます。 そんな力強くて頼もしい母ですが,辛いことや悲しいこともあります。そんな時,母は,僕たちと冗談を言い合ったり,親しい友だちと話をしたりすることで気を紛らわします。どんなに辛いことや悲しいことがあっても,それを顔には出さず,明るく振る舞っている母です。ぼくは,何度か母が産まれたフィリピンに行ったことがあります。ぼくがそこで一番びっくりしたことは,ぼくよりも小さな従弟が,自分の服を自分で洗濯していたことです。フィリピンでは子どもでも,自分のことは自分でするんだなあと思いました。小さい頃から,自分に出来ることは自分でするという環境で育ってきた母を,ぼくはすごいと思います。そして,母のおかげで,母の家族とも言葉の壁を越え,気持ちは通い合っています。 母の好きな言葉は,挨拶です。元気な声で挨拶を交わすことが大好きです。だからぼくも,誰にも負けないぐらい大きな声で挨拶もしています。これからも,挨拶だけは誰にも負けないようにしたいと思います。 母は,日本に来て日本語を覚え,僕たちをここまで大きく成長させてくれました。ぼくにとっては,世界一すごい大好きな母です。 |
| 蛍がくれた物 6年 S.N ゴォーとうるさい乾燥機の側でぼくらは荷造りをしていた。乾燥させてパサパサになったタバコの葉を,崩さないようにゆっくり丁寧に30キロ1ケースの箱に詰めていく。一つ,また一つと入れて,やっと4ケースが終わると,少し休憩した。クーラーの部屋は最高に気持ち良かった。だけど,すぐに, 「ちょっと,こっち来てえ。」 という父の声が耳に飛んできた。部屋を出ると,ドバーッと全身から噴き出した。 仕方なく軍手をつけ,帽子をかぶり,父のいる広い畑の中に入っていった。今度は収穫したタバコの葉を肩に担いで倉庫に運ぶ作業だ。これは結構重労働。20キロ近くの束が畑の畝に点々と置いてある。それを一つ一つ運ぶのだ。 「あと少し,あと少し。」 弟と声を掛け合いながら運んだ。そして,さっき,倉庫に運んできた葉を,小さな檻のようになっている鉄の棒に串刺しにして,乾燥機の中に入れて乾燥させる。 これが毎日の一連の作業だ。この仕事を終えるとやっとぼくらは家に帰れる。この時期が一番忙しいから,学校が終わると,家から畑に直行する。毎日うんざりする。少年団の練習にも行きたいし,友だちとも遊びたい。だけど,「仕方ない。」と心の中で言い聞かす。 いつものように手伝いを終わらせ,ぼくらが自転車で帰っていた時のことだ。上り坂を息を切らしてペダルをこいでいると,暗闇の中に青白くぼやっと光る物が視界に入った。 「何だ,あれ。」 弟がつぶやいた。その光は近づくにつれ,青白くも黄緑にも見え,そこら辺一帯が光に包まれていた。ぼくらは同時に, 「蛍だ。」 と叫んだ。その光は小さいけれど,力強く光っていた。無数の蛍が小さな森で光りながら飛び交っていた。ぼくらは,その神秘的な光景にしばらく見入ってしまった。 その日から,蛍の森を見るのがぼくらの日課になった。あの蛍に会えると思うと,嫌々ながらしていた手伝いが少しだけ楽しくなってきた。ふと考えてみた。 ぼくにとっての手伝いとは,だるくて面倒くさいものだった。一度だって楽しいと思ったことはない。手伝いのためにいろんな事を我慢してきた。「どうして自分だけが。」という思いが,常に心のどこかにかあった。以前,父に聞いたことがある。 「こんな仕事,きつくないの。」 「きついさぁ。当たり前じゃないか。」 そうだ。父は辛くても必死に働いている。ぼくらのために。ぼくらが手伝うのは当然の事なんだ。あの蛍がぼくの気持ちを変えるきっかけを与えてくれた。急にすがすがしい気持ちになった。「ありがとう。」 「ようし,明日も畑,頑張るぞ。」 |