永田地区
〔情報教育2003 更新日2007/1/29〕

雪の永田岳
いなか浜
1 地 理
永田地区は、屋久島の海の玄関宮之浦から、西へ20Km(車で30分)のところ(屋久島西北部)にあります。背後には、九州第2位の「永田岳」(1886m)がそびえ立ち、前方には紺碧の東シナ海が広がっています。
そこには、「いなか浜」・「前浜」という日本一の、「ウミガメ」の産卵上陸地が長く横たわっています。
2 気 候
降雨量は屋久島で一番少なく年間約2600mmです。(多い地区で5400mm) 温暖な気候ですが、冬場は北西の季節風が島のどこよりも強く吹きます。
3 産 業
温暖な気候を生かして、みかん栽培(ポンカン、タンカン)が基幹産業で、米作りや洋ラン栽培も行われています。ポンカン・タンカンの猿害(ヤクザルによる被害)には困っています。
田植え 猿害防止用の電気柵のあるポンカン
4 人 口
若者は故郷を離れ、人口は減る一方です。人口552人、世帯数274。(06/12/1現在)
※永田幼児学級幼児(3歳以上)14人、永田小学校児童30人、永田中学校生徒16人、屋久島高校生徒7人
※70歳以上はおよそ180人(人口比約30%)。
「永田小学校」では「かめんこ留学」(「山村留学制度」)を採り入れ、毎年14名程度の留学生を受け入れています。 ぜひご照会ください。
5 伝統芸能・行事
亀女(かめじょ)踊り
「かつて,永田岳神社で旅に出た人の安全を祈るため,徹夜でおこもりをした時,眠気を覚ますために,青年 たちが酒を飲み,歌い踊った。」(「上屋久町郷土誌」 上屋久町 1983)
飛魚(とびうお)招き
 
旧暦4月8,海岸に高齢者たちが集まり,青竹に菅笠,紅白の吹流しをつけて,海に向かってトビウオを招き,豊漁を祈る。」
(「上屋久町郷土誌」 上屋久町 1983)
※この「亀女おどり」と「飛魚招き[の二つは永田中学校の生徒が「郷土芸能」として受け継いで、11月にある「永田地区運動会」等で、男子は「亀女踊り」を、女子は「飛魚招き」を、婦人会・青年団の指導やPTAの協力を受けながら、練習を重ね披露しています。
写真:永田婦人会による「飛魚招き」
鬼火たき
 1月7日の朝早く,子どもたちは集落の家々を,門松や注連飾りを集めて回ります。
その間,大人たちは,「ドンドン坂」と呼ばれる,永田川の河口近くの左岸の広場に,てっぺんの枝葉を少し
残した,10mはある孟宗竹を5,6本束ねて立てます。その周りにダイミョウダケの束を立てかけて,縄で
縛り付けます。子どもたちが集めてきた門松をその周りに積み上げます。
孟宗竹の束の途中には,「赤鬼」の全身像を描いた絵がくくりつけられています。それをめがけて,急ごしら
えの弓と矢で,狙い撃ちをします。やがて,やぐらに火が放たれ,やぐらは赤く燃え上がります。そのうちやぐらは焼け落ちます。 昔は,その火を持ち帰って「かまど」で燃やしましたが,今はもう持ち帰る場所がありません。
門回り
「鬼火たき」が済むと,今度は,「家内安全・無病息災」を祈るため、集落の家々を,「祝い歌」を歌って回る「門回り」です。お菓子や御祝儀をもらいます。
岳参り
以前は、旧暦の5月と9月に、永田岳に登っていました。いつからかは分かりませんが、永田中学校の行事(永田岳登山)として引き継がれた形で残っていましたが、01年6月に、永田区は40年ぶりにこの行事を復活させました。
十五夜綱引き
旧暦の8月15日の朝から,校庭や公民館広場で当番の大人たちが,前日までに集めた「カヤ」で綱を作ります。綱の先端は「竜」の形をしています。両端には,引きやすいように山から取ってきた「かずら」を何本か取り付けます。
月が山の端から出てくるのを見図り,野菜・果物・焼酎・だんごを供えた壇の前に全員集まり,「十五夜の歌」を歌い,「十五夜の月」を拝みます。
その後,2手に分かれての綱引きです。
綱引きが終わると,今度は綱を「土俵」にしての「相撲」が始まります。
6 公共施設等
○永田小学校 ○永田中学校 ○永田幼児学級 ○「永田公民館」(上屋久町役場永田駐在員事務所) ○永田診療所(医師1名が常勤) ○屋久島警察署永田駐在所(警察官1名が常勤)
○永田郵便局 ○九州電力鴨ヤ野川発電所(水力発電所) ○永田燈台 ○京大霊長類研究所屋久島観察ステーション(通称「サル研」)
○屋久島うみがめ館 など
7 旅館・民宿・商店等
○牧旅館D2006 ○送陽邸D2819 ○民宿やまちょんD2020 ○屋久島つわのやD2717
○マリンブルー屋久島D2525
○まるそう石油店(ガソリンスタンド) ○商店〜3軒
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