令和8年度 後期 始業式(令和8年10月1日)

最終更新日 2026年10月01日

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みなさん、おはようございます。本日から令和8年度の後期が始まります。
 本日の講話では、事前に配信した資料の中に掲載した、濵里忠宜先生のエッセイ『幻の名花』を題材としてお話ししたいと思います。

 この作品に登場するYさんは、岐阜県から交換教員として鹿児島に赴任された英語科の先生です。コーラス部出身で歌声に定評があり、各地のマラソン大会にも参加するなど行動力にあふれ、とりわけ自転車を愛する人物として描かれています。エッセイの終盤では、岐阜県に戻られた後も、自転車で鹿児島を訪れ、生徒たちとの再会を果たしたことが記されています。
 この交換教員制度は、薩摩義士の歴史的なつながりなどを背景として、鹿児島県と岐阜県との間で長年続けられているものです。

 さて、このエッセイの舞台は今から40年ほど前のこと昭和60年頃の鶴丸高校です。当時の校長であった濵里忠宜先生は、本校第1回卒業生であり、昭和60年4月から2年間、本校校長を務められました。また、「好学愛知」「自律敬愛」「質実剛健」という本校の建学の理念を正式に整理し、位置付けられた校長としても知られています。
 作品の中で濵里先生は、「せっかく岐阜県から来ている先生がいるのだから」と考え、全校朝会で岐阜県の名木である淡墨桜の話を紹介されます。

 淡墨桜は岐阜県根尾谷にある樹齢千五百年を超える山桜で、日本を代表する名木の一つです。しかし、かつて枯死寸前の危機に陥ったことがありました。その際、前田氏という歯科医師が立ち上がります。前田氏は、同種の若い山桜の根を三百本以上集め、傷んだ古木の根に一本一本丁寧につなぎ合わせました。「接ぎ木」ならぬ「接ぎ根」によって、淡墨桜は再び生命力を取り戻し、見事な花を咲かせるようになったのです。

 この話を紹介した後、濵里先生は次のように述べています。


 「私は、いのちあるものは、その『いのちの根』を慈しまなければ、ただ一度きりのそのいのちを台無しにしてしまうだろうと話した。若き日に、そのいのちの根を強くしておかなければ、生きてゆく力を失うであろうとも言った。」


 実に示唆に富んだ言葉です。
 淡墨桜を救ったのは、枝や葉ではありませんでした。人の目には見えない地中の根を支えたことによって、その命はよみがえったのです。

 この話から、私は孟宗竹の話を思い浮かべます。孟宗竹は植えられてから数年間、目立った成長を見せません。しかし、ある時期になると驚くほどの速さで成長します。その背景には、地中で長い年月をかけて根を張り巡らせる期間があると言われています。
 また、この話に関連して思い出されるのが、シドニーオリンピック女子マラソン金メダリストの高橋尚子選手が大切にしていた言葉です。
「何も咲かない寒い日は、下へ下へと根を伸ばせ。やがて大きな花が咲く。」

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 私たちは、どうしても目に見える結果や成果に目を向けがちです。テストの点数、模試の結果、部活動の成績、コンクールやコンテストでの表彰など、それらは確かに大切なものです。
 しかし、そのような花を咲かせるためには、それ以前に地中で根を伸ばす時間が必要です。
  ・毎日の授業に真剣に向き合うこと
  ・家庭学習をコツコツと継続すること
  ・部活動で地道な練習を積み重ねること
  ・十分な睡眠と食事をとり、規則正しい生活を送ること

 こうした一見当たり前に思える営みを大切にしながら、人が見ていなくても努力を積み重ねる。その積み重ねこそが、自分自身の土台となり、やがて大きな飛躍へとつながっていくのだと思います。

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 一方で、努力を続けてもなかなか成果が見えない時期があります。不安や悩みを抱え、自分の進む道に迷うこともあるでしょう。今まさにそのような思いを抱えている人もいるかもしれません。
 しかし、そのような時こそ、そのような人こそ、今日の濵里先生の「いのちの根」のお話を思い出してほしいのです。その「苦しいなあ、つらいなあ」と思っている時期こそが、大きな花を咲かすために自分自身の根を広く、大きく伸ばしている時期だということ。そして、枯れかかった淡墨桜にその「いのちの根っこ」を継ぎ足してくれた人がいるように、周りに目を向ければ、必ず皆さんを支えてくれる人が必ずいるということです。
 皆さんのいのちは、多くの人に支えられながら生きる淡墨桜と同じようにかけがえのないものです。
 今はまだ花が見えなくても、皆さんの「いのちの根」は確実に成長しています。自分自身を大切にし、自らの可能性を信じて歩み続けてほしいと思います。

 さらに、濵里先生のいう「いのちの根」とは、単なる知識や学力だけを意味しているのではないはずです。
 このエッセイのY先生は、新しい土地に飛び込み、多くの人々と関わりながら鹿児島での生活を楽しみ、生徒とのつながりを大切にした人物として描かれています。また、岐阜県に戻った後も、自転車で鹿児島を訪れるほどの行動力を持った方でした。
 その生き方を踏まえるならば、「いのちの根」とは、知的好奇心、努力する習慣、謙虚に学ぶ姿勢、自らを律する力、他者を思いやる心、誠実さ、忍耐力、そして失敗しても再び立ち上がる力・・・など、人として生きていくうえで大切な資質そのものを指しているのではないでしょうか。
 濵里先生が本校の建学の理念である「好学愛知」「自律敬愛」「質実剛健」を整理された背景にも、こうした人間形成への深い願いがあったのではないかと思います。

 ところで、この物語の中で岐阜県から鹿児島県へ十数本淡墨桜の苗木が贈られてということが書いてありましたが、そのうちの一つは、実は現在も本校に植えられています。体育館前に立つその桜を目にするたびに、この物語を思い出してほしいと思います。

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 淡墨桜がよみがえったのも、人の目には見えない根が支えていたからでした。3年生はいよいよ進路実現に向けた正念場を迎えています。これまで積み重ねてきた努力は、見えないところで確実に根を張っています。この秋から冬にかけて・・・「寒い日こそ、下へ下へと根を伸ばせ」でしたね。その根をさらに深く育み、来春、大きな花を咲かせてほしいと思います。
 また、1・2年生にとっても、今という時間は未来の自分を支える土台を築く大切な時期です。目先の結果だけにとらわれることなく、一日一日を大切に重ねてください。

 後期が、皆さん一人一人にとって「いのちの根」を深く育み、それぞれの夢や志に向かって大きく成長する実り多い期間となることを願い、後期始業式の講話とします。
 皆さん、後期も頑張りましょう。終わります。

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