公開日 2016年09月12日
最終更新日 2026年05月20日
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校歌に唱われているこのレンガ造りの「大煙突」は、大正9年に造られ、以来100余年の青春の日々を見つめ、伊敷の原に力強く煙を吐き、実習工場の機械を動かしてきました。 当時、学校周辺は水田で、校舎も木造1階建てであったため、遠くからでもその威容を眺めることができました。今は昔から残る唯一の施設として、本校のシンボルとなっています。また、同窓生にとっては心のよりどころでもあり、母校に対する強い心の絆ともなっており、その威容は私たちに「鹿工のあるべき姿」を今なお問いかけています。 |
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建造 大正9年(1920) 平成16年6月9日 文化庁「登録有形文化財」に登録されました。 |
シンボルの「大煙突」 大修理し永遠に保存
「昭和六十三年(1988年)創立八十周年記念 学校新聞」より抜粋(一部加筆訂正)
校歌の一節に、「伊敷の原にそびえ立つ 大煙突のいただきよ」と歌われている本校のシンボルとされてきた赤レンガ造りの大煙突は、大正9年(1920)、本校が現在地に移転したその時を同じくして、蒸気動力プラントの付属装置として建造されたものである。
当時は、伊敷の原にその威容を誇り、「鹿児島工業ここにあり」と、その存在を示していたと思われるが、現在は、学校の建物をはじめ、周りが高層化し、ビルの陰に隠されてしまっている。しかし、大煙突の果たす教育的意義は大である。
その大煙突も70年近い風雪に耐えてはいるものの、老朽化が進み、レンガにひびが入り、くずれかけている部分もある。
そこで、80周年の記念すべき年を機に改修の声が高まり、県当局にお願い申し上げたところ、県当局も教育的見地から保存することに理解を示し、修理保存することが決定した。
また、大煙突周辺は、80周年記念事業の一環として整備が進められてきた。
装い新たになった大煙突とその周辺を見るにつけ、本校の伝統の重みと、更に未来へ挑む生徒たちの姿が象徴されているようである。
現在に学ぶ生徒たちには、大煙突の歴史や、それが果たす教育的意義について忘れられている向きもあるので、去る六月に県当局に改修についてのお願いをした文章の中から抜粋して掲載しておくことにする。
(1)大煙突の歴史
本校創立は明治41年(1908)で、その年にちょうど日本近代工業推進の立役者、島津斉彬公(1809~1858)の没後50年と時期を同じくしている。斉彬公の殖産興業、西欧化に注がれた熱意とその意思を受け継ぐ形で、本校が創立されたと考える時、その意義と伝統の重みをひしひしと感じる。
更に、大正8年(1919)5月28日、鹿児島郡立工業徒弟学校から鹿児島県立工業学校と改称し、機械科・建築科・家具科の三科が発足、以来今日に至っている。
ところで、この時期は第1次世界大戦(1914~1918)が終わり、わが国の海運、造船、化学工業、鉄鋼業が空前の好況を迎え、債務国から一躍債権国へ雄飛した時代でもあり、本県工業教育の先導的役割を期待して本校に蒸気原動機のプラントを導入し、これを動力源としてドイツ製のフライス盤や旋盤を動かして見せたということは、誠に画期的なことで、教育効果をあげるのに大いに役立ったと言われている。
ここで使用されたボイラーは石炭を燃料とし、自然通風により燃焼させたもので、ボイラーの容量により煙突の大きさや高さも決められたものである。本校に現存する大煙突も、石炭が燃料の花形であった往時を偲ばすに十分なものである。
大煙突は、過去の文献や記念誌によると、本校が草牟田の地に新校舎を竣工した大正9年(1920)、蒸気機関を使った付属装置として建造されたもので、当時の写真を見ると、現在の正門後方に各科の実習棟が並び、更に最後方に大煙突のある機械科の実習棟が見える。西側に伊敷の練兵場を見渡す田園風景が展開し、ひときわ高くそびえ立つ大煙突は、近代工業の象徴としてその威容を誇り、瞬く間に名物となり、地方からの見学者も絶えなかったと言われる。また、竣工した年の創立記念日には、蒸気機関の一般公開などが行われ、大変な関心と賑わいを呼び、衆目を集めたということである。
本校校歌の中に「伊敷の原にそびえ立つ 大煙突のいただきよ」「名君島津斉彬公 新工業を開かれし」という一節があるが、本校のシンボルである大煙突が、風雪に耐えながら、今日も工業教育の進展を見守っているようである。
(2)大煙突と本校の教育
大煙突は本校の象徴として、過去70年の長き歳月を経ながら、卒業生2万余名の瞼の中に、そして心の中に生き続け、卒業生と在校生との強い紐帯的結びつきの役割を演じていると言える。遠くは斉彬公の意志を継ぎ、新しい時代に向けて進むべき道標ともなってる。
本校では、現在でも「原動機」の教科書の中で、座学や実習棟において、ボイラー発展の歴史や構造・機能を学習するうえで、大煙突が貴重な教材資料として役立っている。
(3)大煙突の今日的意義
最近、本県では地域の特色ある自然や文化を見直し、それをふまえての郷土教育の重要性が再認識されつつある。物質文明至上主義の風潮の中で、精神的文化の後退が指摘されている状況もあるが、伝統文化に根ざし、潤いに満ちた心を回復しようとする試みは、重要な今日的課題であると言える。
五大石橋、刑務所跡に残る石造建造物、甲南高校正面のルネサンス流ドーム建築等と同様に、本校の大煙突は「文化財を愛し護る心」の普遍的テーマのもとに、レンガ造り建造物の史的背景やその構造・強度などを学ぶうえから、まさに「生きた教材」として,貴重な文化遺産と考えられる。




